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放送大学
裏技を使って単位が取れたかどうかを確認してみた
- 2012年02月10日
- 教育
単位認定試験も終わり,いよいよ次学期の履修登録期間が始まり,主には単位認定試験の日程に合わせて履修登録をしています.そんな,履修登録なんですが,実は単位が取れたかどうかをチェックする機能も付いています.
WAKABAから科目登録するときに、まだ明らかになっていない単位認定が分かるという噂。
2学期の科目登録を利用する。
1学期に履修した科目をチェックし登録しようとすると警告が出る。
『履修済みの放送科目は申請できません。』と出ると、合格している。
『履修中の放送科目は申請できません。』ならば不合格というもの。
何となく知ってましたけど,試すのは初めてです.ということで,やってみた.
こころとからだ(’07)は閉講したみたいで,確認できませんでしたが,それ以外は全部取れたようです.面接科目も履修済みになっていました.着々と単位が揃っていきますね.卒業まで,あと何年かな,っと!
平成23年度第2学期単位認定試験
- 2012年01月28日
- 教育
試験期間は既に始まっていますが,今日から参戦しました.今学期は以下4科目を受験します.
- 認知科学の展開(’08)
- かしこくなる患者学(’07)
- こころとからだ(’07)
- 心の健康と病理(’08)
今日は認知科学の展開から始まって,かしこくなる患者学とこころとからだの合わせて3科目を受験してきました.認知科学の展開は持込可だったこともあり,それほど苦ではなかったです.授業の内容と試験の難易度にギャップがあります.かしこくなる患者学は持ち込み不可でしたが,それほどでも・・・.この科目は看護系だったので,女性が大勢でした.ポジ取りには失敗しましたが.こころとからだは持込可でしたが,基礎科目らしからぬ(?)なかなかの難易度でうへぁって感じでした.30分で終わらなかったのは初めてかも?
明日は残りの心の健康と病理を受けます.来期は放送授業を4科目,面接授業を2科目の計6科目を受講予定です.がんばるぞ!えいおー!
201201291532追記
最後の1科目である心の健康と病理を受けてきました.特に問題なく解けたので,安心しました.心理学の基礎が段々と身についてきた実感があります.
認知科学の展開(’08)
- 2012年01月19日
- 教育
今学期受講している4科目のうち,「認知科学の展開(’08)」を聴講し終えたので,簡単なまとめをしておく.難しかった・・・.
認知科学
21世紀最大の課題の1つである,私たちの「心」をめぐる議論は,新たな局面を迎えている.その取り組みを包括して,認知科学と呼ぶ.20世紀中頃からの情報理論,数理言語学,ならびにコンピュータの実現,さらには脳神経学などの発展とともに,現在の認知科学がある.
デカルトのパラダイム
デカルトの立場を一言で示すと「心身二元論」者である.彼によれば,人間は「心と体をもつ存在である」と規定された.第一原理が「我思う,ゆえに我在り(私は考える,それゆえに,私は存在する)」(ego cogito, ergo sum (I think, therefore I am))である.「心とは思惟するもの」という観点である.彼の思惟の定義をみると,単に考えることにとどまらず,「知・情・意」と包括される我々の抱く「意識」内容全般を含むものである.一方,人の身体は,人以外のあらゆる生き物を含み,「機械」である,と規定された.そして,この機械の作動原理を「反射」に求めた.
さらにデカルトは,心と身体を区分する際の指標として,心に備わっていて身体にはないものとして,「言葉」と「自由意志」をあげる.つまり,心あるものには,言葉が自覚的に操れるが,心のない身体は,言葉を自覚的に操れないということになる.
ホッブスのパラダイム
ホッブス自身も心の中心に「推理すること」をおく.しかし,デカルトとの決定的な違いは,心を,身体と同様の物質,つまり機械とみなす「一元論」者である点である.したがって,彼の主張は,「心は計算機である」ということに収束する.しかも,その計算の仕組みを,アリストテレスの形式論理学(三段論法)が支えていることを主張する.この成果の一端が「現代記号論理学」,中でも,「命題論理学」と「述語論理学」の体系化であるといってよいだろう.
考える力と記憶・知識
「知識偏重,記憶偏重の試験をやめた方が良い」「本当の意味での考える力を育てる教育をすべきである」.このような意見に反対する人はいないであろう.では,なぜいつまでもこうした思いは続いているのであろうか.なぜ,誰もが嫌がる知識偏重型の試験を止めて,本当の考える力を測る試験を行わないのであろうか.この疑問に答えることは大変に難しいが,極論すれば,この疑問への答えは,次のどちらかでしかない.
- 人類は昔から本当の知力・考える力を測る試験問題を作りたいと思っているが,まだ作ることができていない.人間の知力や考える力についてもう少し科学的に解明されたならば,そのような試験を作ることができる.
- 人間の知力・考える力とは,本来,知識や記憶に依存した能力であり,知識や記憶とは無関係に本当の知力・考える力があると思うのは幻想に過ぎず,間違った考え方である.つまり,そのような試験問題は本来作ることができない.
結局,このどちらの答えが正しいかは,人間の知力・考える力というものがどのようなものであるのかについて,正しくそして詳細に解明されない限り,答えることができない.残念ながら,人類は未だに,人間の知の働きの特徴と知の仕組みを明らかにしてはいない.
考える力の経験(知識)依存性
我々の心的機能に,記憶や知識と無関係な本当の考える力と呼ばれる機能があるとしよう.これらの機能をコンピュータ内部での存在に喩えていうとすれば,記憶や知識に対応するものとしてデータベースとでもいうべき存在が考えられ,本当の考える力に対応するものとしてデータの依存しない処理手順,あるいは処理アルゴリズムとでも称すべきものが考えられることになる.もしも我々人間の思考能力が処理手順のみによって支えられている能力であるならば,物理学的に同じ思考を要求する問題の間で解答に違いが出たり,難しさに違いが出たりはしないはずである.また,論理学的に同じ思考を要求する問題の間で同じ回答が出てもよいはずである.しかしながら,人間は,物理学的に同質の問題や論理学的に同質の問題に対して,異なる答えを出し,異なる難易度を感じる.
なぜそうなのか?それは,自分の記憶の中に,その問題場面に似た経験や知識がある場合には易しく,そうでない場合には難しくなる,ということであろう.つまり,人間の考える力は,経験や記憶や知識などと無関係であるとはいえないということである.このように考えると,我々人間の考える力とは,過去の経験の記憶を使って,今目の前にある問題に対して,妥当な答え・予測を導き出そうとする力である,といえそうである.
類推
類推とは,新しい問題を解こうとする際に,過去の経験や既に得ている知識の中から,つまり記憶の中から,その問題に本質的に類似しているものを引き出して使うタイプの推論のことをいう.「直感的に感じる」ということ自体が,類推による無意識的な推論処理が我々の心の中で自動的に行われた結果の表れである,ということができるだろう.
知識の表象
我々の脳は,画像全体を見たとしても,その画像全体の表象を作るのではなくて,部分部分に分けて表象を作る.例えば,三角形があったという表象,四角形があったという表象,星形があったという表象に分けて作り,それぞれを独立的に保持する.だから,それら3つの表象の間で位置の取り違えのある記憶が生じる.
我々の脳は,視覚画像を見た場合でも,最終的にはその解釈結果を概念的に,さらにいえば,言語に変換した形で情報を保持する.だから,我々は三角形の図形があったとか,灰色の図形があった,などの記憶についての自覚が生じる.
感度
全ての感覚系の基本的な性能は,閾値という心理物理学的測定値に基づく感度によって記述できる.感度と閾値は逆数関係にあり,一般に閾値が低いと感度は高い.感度は絶対閾による絶対感度と相対閾による相対感度に大きく分けられる.絶対閾はある刺激がない状態から確実にその刺激を区別できる最小量を決定することである.
色彩
桿体系と錐体系では感度と画質の鮮明さ以外にも大きな違いがある.人間は可視光の範囲全体で150程度の色相を区別することができ,色の明るさや鮮やかさを加えれば,区別できる色数は700万以上程度あり,そのうち1万弱には色名がある.赤,緑,青の3原色の構造が網膜上にも存在し,桿体と錐体という2つの光受容器のうち,錐体はさらに3つの型に区分される.つまり比較的短い波長に感受性が高いS錐体,中程度の波長に対するM錐体,長波長のL錐体であり,3つの受容器の活動比率が脳に伝えられ色覚が生起すると考える.
視聴覚情報の相補性
我々は音波の全周波数域ではなく,20~20kHzの範囲のみを聞くことができる.さらに,この範囲内の全ての音を同程度の鋭敏さで検知できるわけではなく,およそ中間の周波数1000~1500Hzの音に対して最も感度がよい.音が両耳で同じに聞こえるのはまれで,左右どちらかから来る音波はその音源と同側の耳でより先に強く聞こえる.この大きさと到達時間が若干異なる2つの情報を利用して,その音がどこから来たのかを知ることが可能である.この処理は両目を使う視覚の奥行き知覚と似ているが,視覚ほどの制度はない.しかし,音による定位は同時に360度全方位の検出が可能である.
味覚
味覚は舌の味蕾とよばれる味受容器による.甘さは舌の先,しょっぱさも舌の前部だがやや両側部で,酸っぱいものは中部の側面で,苦いものは舌の根本部分で検知される.4つの基本的な味に対する絶対感度は比較的高いが,各々の味の強度に対する相対感度である識別力はやや低い.
知覚的体制化
知覚システムが最初に行う重要な働きは,背景からさまざまな対象を区別することである.知覚システムには,見たり聞いたりするものを意味のあるものにまとめる働きがあり,これを知覚の体制化(perceptual organization)という.
顔認知のモデル
顔の認知には,物体の認知の延長として考えられない側面がいくつかある.例えば,どの人も形態上は目や口,鼻の相対的位置が同じであるが,それにもかかわらず,我々はそれらの微妙な違いを区別して人の顔を判別する.その人が誰であるかを認知するために以下の4つの過程が仮定されている.
- 我々の網膜上に写った像から,その人の顔の構造的符号化がなされる(構造的符号化過程)
- その符号化された顔が,顔認知ユニット内の過去の表象と照合され,既知性の判断がなされる(顔認知ユニットの活性化)
- その人がどんな人かという意味情報にアクセスして個人を同定する(個人同定ノードへのアクセス)
- その人の名前を生成する(名前生成)
注意の種類
特定の空間方向に向ける注意のことを空間的注意(spatial attention)という.何かある特徴や部分にのみ注意を傾けて情報処理を集中的に行う注意を集中的注意(focused attention)という.洗濯するという機能が強調される場合には,選択的注意(selective attention)という場合もある.集中的注意や選択的注意とは正反対の状況であり,複数の事象に同時に注意を分配している状況を分割的注意(divided attention)という.注意の喚起が強制的に促される場合を受動的注意,何かに自ら積極的に注意を向ける場合を能動的注意として区別することもある.また,注意対象を凝視してみるように行動に表われる注意(overt attention)と,視線とは別の空間位置に注意を向ける隠された注意(covert attention)を区別することもある.その他,何かが起こるのを神経をとがらせてじっと待っている注意のことを,ビジランス(vigilance)という.
発達の段階説
ピアジェは認知発達を以下のように4つの段階で捉えている.
- 感覚-運動期(乳幼児期):赤ん坊は主に感覚や動きによって周囲を探索し,知識を得る.
- 前操作期(就学前の幼児期):ここでいう操作とは,論理的思考とと言い換えても良い.具体的な物の見えにとらわれ,動くものは生きているなどのアニミズム的な思考,非論理的な思考もみられる.
- 具体的操作期(学童期):具体的な事物や手続きによって論理的思考が可能となる.
- 形式的操作期(思春期以降):具体的な内容から離れ,抽象的な記号操作や推論が可能となる.
ピアジェの考えは,
- 段階ごとに思考の質が異なる
- 生物学的な基礎を持ち,どのような文化にある人でも,同じような順序で発達が進む
- 発達的変化は全般的,領域一般的である
といった特徴を持つ.
語彙獲得に関する仮説
言語学者であるチョムスキーは,文法能力は環境要因,例えば親の言語活動を模倣することによっては学べないとした.大人は文法的に正しい言語情報しか提供せず,誤った文法を提示して「これは間違いである」と示すことをしない.にもかかわらず,子どもはやがて文法的な正誤を正確に行うことができるようになる.このことから,チョムスキーは子どもには言語学習装置が生得的に備わっていると考えた.
マークマンは,子どもが迷うことなくラベルを特定の事物や生物に付与できるのは,子どもが生得的に以下のような仮説を持っているからだと考えた.これらの仮説を言語的制約という.
- 事物全体仮説:ラベルは対象となる事物全体を指す.
- 分類カテゴリー仮説:ラベルはその事物のカテゴリーメンバーに対しても用いられる.
- 相互排他性仮説:1つの対象カテゴリーは1つだけラベルを持つ.
推論
論理学では,前提となる知識命題を正しいとするならば,必ず正しい結論を導き出す推論を演繹と呼ぶ.演繹に対して,個別的な事象の観察から一般的な結論を導き出す帰納や,未知の対象について類似した既知の対象の知識から推測する類推を区別する.心理学的知見からいえば,我々は演繹における形式性の真偽判断は大変苦手であり,推論の形式性に関する真偽判断よりも,知識命題の内容に関する自分自身の認識に基づいた真偽判断を行うことが多い.
命題の正しさ
帰納によって導き出された命題は常に正しさの度合いが問題となるため,特に人や社会現象など,因果関係が複雑で不確実な対象を扱う実証科学では推測統計学の考え方を使う.推測統計学とは,実際に観測されたデータの散らばりが理論的な分布に従うと仮定し,実験などで観察されたデータがランダムに起こる可能性が非常に低い場合に,その観測データが誤差ではなく,例えば薬物投与などの要因による影響であると考える方法である.
確証バイアス
帰納的推論過程では,帰納によっていったん仮説を作った後では,その命題を支持するデータだけを見つけようとする傾向を持つことが知られている.これは確証バイアスと呼ばれている.
アルゴリズムとヒューリスティックス
目標に対してステップを厳密に組み立て,そのステップを辿れば必ず目標に行き着く.このような手続きステップの定義をアルゴリズム(Algorithm)と呼ぶ.目標への到達は保証されてはいないが,うまくいけば,アルゴリズム的解決よりも遥かに短時間で解決できる方法をヒューリスティックス(Heuristics)という.ヒューリスティックスは,それなりに定評のある問題解決法とされているが,他の帰納的知識と本質的な違いはない.
類推
類推とは,未知のことがら(ターゲット)が持つ何らかの特徴が既知のことがら(ベースまたはソース)の特徴と類似している場合,ベースが持つその他の特徴をターゲットに適用するものである.
人間の言語処理
人間は,知らない言語の音声音響から,言語としての理解はなさない.連続した入力信号を離散的な言語単位に区切る処理は,分節化(Segmentation)と呼ばれており,人間の言語処理の特徴の1つである.分節化という特徴とともに,分節化された単位をいくつか集めて,より大きな単位に群化(Grouping)するという特徴もある.
心内辞書
言語入力を単語の列として認知できるためには,それ以前に単語が聞き手の脳内に習得されていなければならない.聞き手の記憶に蓄えられている単語の情報の集合は,心内辞書(Mental Lexicon)と呼ばれている.
単語優位効果
単語優位効果とは,見づらい条件下で提示された1文字は,単独で提示されたり,単語ではない文字列の中に提示されたりする場合よりも,単語の中の1文字として提示された場合の方が,知覚されやすいという現象をいう.単語優位効果は,心理学の中で古くから知られている文脈効果の一種といえる.
言語行為論
オースティンは,発話には情報を伝達する陳述と,発話すること自体が行為となるような言語行為(speech act)とがあることを指摘した.例えば,約束,要求,宣誓,命名,脅かしなどの発話は,情報内容を伝えるだけでなく,聞き手に特定の行為を行ったかのような効果をもたらす.このような発話を言語行為とよぶ.
言語行為には以下の3つの種類があるとされる.
- 話し手が発話するという行為そのものであり,発話行為(locutionary act)とよばれる
- 約束や要求など話し手が聞き手に伝えようとする意図であり,発話内行為(illocutionary act)とよばれる
- 発話が聞き手の環状や講堂に及ぼす影響であり,発話媒介行為(prelocutionary act)とよばれる
適切性条件
サールは,言語行為が成立するのに必要な条件を,言語的な内容と意図の側面に分け,適切性条件としてまとめた.適切性条件は以下の4つの条件からなる.
- 命題内容条件:発話の命題内容が満たすべき条件
- 準備条件:発話者および聞き手,場面,状況設定に関する条件
- 誠実性条件:発話者の意図に関する条件
- 本質条件:発話によって生じる行為の遂行業務に関する条件
会話の公準
グライスは発話における「字義通りの意味」と「含意」とを区別した.そして,字義通りの意味が円滑に伝達されるためには,話者間で以下の4つの約束事が守られていなければならないとした.この約束事を会話の公準という.
- 量の公準:必要な情報は全て提供する,必要以上の情報の提供は避ける.
- 質の公準:偽と考えられること,十分な根拠を欠くことはいわない.
- 関係の公準:無関係なことはいわない.
- 様態の公準:わかりにくい表現,曖昧な表現は避ける,できるだけ簡潔に表現する,秩序立った表現をする.
公準が守られている限り,聞き手は発話を字義的に解釈する.
音楽として聞こえる音列
ある音列はメロディとして聞こえるのに,別な音列は単なる音の羅列としてしか聞こえない.なにがその違いを決めているのであろうか.音列が音楽として聞こえるためには,次の2種類の知覚的体制化の処理が脳内でうまくなされる必要があるといえる.拍節的体制化と調性的体制化とよばれる2種類の処理である.
アージ理論
戸田は感情を,進化が作り上げた生き延び用ソフトウェアであると位置づけた上で,感情と行動を決定づけるスキーマとして多くの種類のアージ(urge)を想定した.金子によると,いじめの感情的特徴は,加害者側においては,妬み型の怒りアージ,誇示アージとして,また被害者側においては,当惑,悲嘆,秘匿,恥,追随などで特徴付けられるという.そして,いじめという現象が持つ諸特徴:非排除性,多層構造,非可視性,役割の入れ替わりが,順位性の中での順位の変化という観点からよく説明できるという.
認知科学と認知工学
使いやすいモノの設計学として登場した認知工学は,魅力あるモノの設計学へと進展を遂げている.ここには,感情科学と認知工学との興味深い強調的な関係がある.美しく楽しいモノについて科学し,工学するには,人間の感情についての精密な理論を欠かすことができない.
7つの設計原則
認知工学の古典的名著といってよいThe Psychology of Everyday Thingsにおいて,ノーマンは使いやすいモノのデザインのための7つの原則を提案している.
- 世界の中の知識と頭の中の知識の両方を利用する
- 作業の構造を単純化する
- 対象を目に見えるようにして,実行と評価の間に橋をかける
- 正しい対応付けをする
- 自然の制約や,人工的な制約の力を活用する
- エラーに備えたデザインをする
- 以上のすべてがうまくいかないときには,標準化する
魅力的なモノのための認知工学
ノーマンのEmotional Designでは,認知科学の知見に基づいて,次のような重要な提案が行われている.
Attractive things work better. (魅力的なモノは,良く動作する.)
注射エラー
川村によれば,注射エラーの背景は,次のような8種の要因にまとめることができるという.
- 情報伝達の混乱
- エラーを誘発するモノのデザイン
- 患者誤認を誘発する患者の類似性と行為の同時進行
- 注射準備,実施業務の途中中断
- 不正確な準備作業動作と不明確な作業区分,狭溢な作業空間
- タイムプレッシャー
- 病態と薬剤の一元的理解の不足
- 新卒者の臨床知識と技術の不足
心理学実験2
- 2011年12月25日
- 教育
放送大学では初めてとなる面接授業を急遽受講することになったので,その記録を簡単にまとめておく.
実験1 大きさの錯視
本実験では幾何学的錯視についてエビングハウスの実験の追試を行う.標準刺激における中心図形と条件図形との大きさ(面積)の比率が1:1,1:2,1:2.25,1:4,1:6である5条件を設定した1要因参加者内計画として実験を実施した.実験参加者22名より実験結果を得た結果,中心図形の周辺を大きな図形が囲む場合に,中心図形が小さく知覚される傾向が見られた.一方で,条件図形が大きくなっても,その変化量は錯視量に大きな差を与えない結果が得られた.本実験結果より,エビングハウスの幾何学的錯視の実験結果は支持された.
実験2 印象形成
本実験では印象形成についてアッシュの理論が支持されるか否かについての検証を行う.アッシュはゲシュタルト心理学の立場から,全体印象は個々の特性の単なる合計ではなく,個々の特性を超えた全体(ゲシュタルト)であると主張し,全体印象の成立には個々の特性が均等な重みで寄与するのではなく,中心的機能を果たす特性(中心特性)とそうでない特性(周辺特性)があることを指摘した.本実験では特性語のリストに,「暖かい」という語が含まれる条件1と,その代わりに「冷たい」という語が含まれる条件2の2条件を設定した1要因参加者間計画である.実験参加者22名より実験結果を得た結果,条件1と条件2の間に有意な差が認められた.本実験結果より,中心特性の違いにより印象形成は違っており,アッシュの理論は支持された.
実験3 自由再生による記憶の系列位置効果
本実験では系列位置効果が見られるかを検討し,妨害課題が親近生効果に及ぼす影響を検証する.系列位置効果には,最後の方の項目が最も良く再生される「新近性効果」と最初の項目が再生されやすい「初頭効果」という現象がある.記憶の二成分モデルによれば,初頭効果は長期貯蔵庫から,新近性効果は短期貯蔵庫から得られる記憶と考えられる.そのため,項目提示後に妨害課題を行うことになると,短期貯蔵庫に記憶を保っておくことができなくなるため,新近性効果は消失するとされている.本実験は項目提示直後に妨害課題がある条件群とない条件群の2条件群を設定した1要因参加者間計画である.実験参加者21名より実験結果を得た結果,妨害課題がある条件群は親近生効果が確認されるのに対し,妨害課題がない条件群は新近性効果が現れなかった.また,両条件群ともに初頭効果が確認された.
実験4 要求水準
我々は日々の生活の中で,様々な目標を設定して行動している.例えば,試験を受けるにあたって満点を目標するなどの,行動するにあたって設定する目標の水準を要求水準という.要求水準の型は大きく「理想水準型」「最低水準型」「現実水準型」「混合型」の4つに分けられる.本実験では,要求水準が課題による成功経験,失敗経験とどのような関連を持つかを調べるために,要求水準と結果の差である「達成差」と,結果と次の要求水準の差である「目標差」の関連,および「達成差」と「満足度」の関連について調べる.本実験の結果より,「達成差」の正負の比率によって,「目標差」の正負の比率に有意な差がみられ,また「達成差」の正負の比率によって,「満足度」の比率に有意な差がみられた.また,教室全体としては「最低水準型」であることがわかった.
こころとからだ(’07)
- 2011年12月05日
- 教育
今学期受講している4科目のうち,「こころとからだ(’07)」を聴講し終えたので,簡単なまとめをしておく.
実体二元論
デカルトは,すべての事物とその存在をひとまず疑ってみるというところから思考をはじめ,あらゆるものは疑い得るが,その疑っている自分自身の思惟そのものはどうしても疑えない,つまり「我思う,故に我あり(ego cogito, ergo sum)」という結論を導き出す.
生物としてのヒト
生物の分類学ではヒトの学名は,Homo sapiensといい,哺乳網の霊長目に入っていて,この霊長目には190種ほどが知られている.ヒトという種は,分類学的にいうと「哺乳網・霊長目・ヒト上科,ヒト科・ヒト属,ヒト」となる.ヒトは霊長類の中に位置づけられるが身体にさまざまな特性を有していて,それらの中で以下に挙げる4点が目立った特性である.
- 直立二足歩行ができる体型
- 大きな脳
- 少ない体毛
- 小さな犬歯
ヒトの成長パターンには,いくつかの特徴がある.寿命が長いことが,個体発生の多くの局面に影響しているのである.
- 胎児期が平均266日と最も長い割には,他の霊長類よりもずっと未熟で生まれ,新生児は並外れて無力でその期間が長い.
- 離乳した後の幼児/小児期間もかなり長い.
- 性的な成熟を迎えるまでに10数年を必要としている.
- 寿命が長く,生殖能力が停止する年齢を過ぎた後もヒトの社会には老年個体が残っていて,子育ての役割を果たしている.
生体の防御機構としての免疫
動物の基本的な免疫機能は,外界から侵入した非自己を,白血球の一種であるマクロファージ(大食細胞)が食べてしまうことである.高等な動物になるほど,リンパ球を中心とした高度な免疫系が発達してくる.ここでは外来異物を免疫系が非自己として認識する.その仕組みは次のようである.まず体内に侵入してきた物質(抗原)に対して,生体内にすでに準備されている抗体が反応し,抗原抗体反応が生じる.抗体は免疫グロブリンとよばれるタンパク質で,抗原分子に対応した抗体がそれぞれ多数用意されている.抗原と結合した抗体はさらに結合して大きな分子となって無害化され,最終的にマクロファージなどに食べられてしまう.ある抗原が体内に侵入すると,これに対応する抗体が大量に作成される仕組みがある.これを担うのがリンパ球の中のB細胞と呼ばれるものである.一部のB細胞は抗原を記憶しておき,ふたたび同種の抗原に出会ったときには,素早く反応できるようになっている.これが予防接種の原理である.
社会の中の人間
我々は,生物学的なヒトとしての肉体をもち,他の脊椎動物より遙かに大きな容積の脳を持っているが,それだけで誰もが自動的に「人間」になるわけではない.生まれたばかりの人間の脳は,他の脊椎動物と比べても著しく「未完成」なのである.
ロックやコンディヤックの認知論の影響を受けたイタールは,人間には他の生物にはない優れた能力として「感受性」があって,それが模倣能力を生じていると考えていたが,その模倣能力は,幼児期を過ぎると急速に弱まってしまうとも考えていたからである.幼児期に模倣すべき言語的環境を与えられなかった場合,生物としての「ヒト」であっても他者とのコミュニケーションが可能な社会的存在としての「人間」にはなれないことを示唆しているといってよいだろう.
社会化
社会化を社会の側から見れば,人々をその社会の文化にとって適合的な行動様式や資質をもった構成員に作り上げる過程ということになるし,逆に個人の側から見れば,人がその社会の行動様式に適した資質や能力,その社会の構成員としての自意識,その社会の中での役割といったものを自分の内部に作りながら発達する過程ということになる.同一化の欲求によってその他者のもつ文化の内容を取り込んで内面化することで発達していく過程が社会化だと考えるのである.
こころの二面性
超自我は,周りの人たちによってただ一方的にすり込まれるのではなく,2つの自我の間のコミュニケーションを通して,子どもたちが自ら身につけていくのだという考え方もある.これはミードの考え方である.その場合の2つの自我とは,「~したい自分(I)」と「周囲や社会の求める自分(me)」である.
内的コミュニケーションは,一般の会話同様,二人の話者の間のメッセージのやり取りという一定のパターンをもっている.そしてそれは,ほぼ白紙の状態で生まれる人間の子どもが生まれつき身につけているものでは決してない.そうであれば,その技法を獲得するために何らかのモデルが必要であることは言うまでもない.内的コミュニケーションの最も普遍的なモデルは,自分と母親の会話である.
エリクソンの発達の考え方
エリック・エリクソンが注目した発達の側面は人格であった.人は生涯にわたってその人格を形成していくのだと彼は考え,青年期が発達の最終到達点とは考えなかった.彼は,人間が8つの人格要素を発達させられる可能性を生まれながらに持っているのだという.8つの要素と内容は以下の通りである.
- 乳児期 基本的信頼 vs 基本的不信(希望)
- 幼児期 自立 vs 恥,疑い(意志)
- 遊び期 自発性 vs 罪悪感(目的)
- 学童期 勤勉性 vs 劣等感(有能さ)
- 青年期 自我同一性獲得 vs 自我拡散(忠誠)
- 若い成人期 親密性 vs 孤独(愛)
- 中年期 生殖性 vs 停滞(世話)
- 老年期 統合 vs 絶望,嫌悪(知恵)
人の一生
孔子が自分の生涯を振り返る形でライフサイクルの1つの理念型を「われ十有五にして学に志す,三十にして立つ,四十にして惑わず,五十にして天命を知る,六十にして耳順う,七十にして心の欲するところに従いてのりをこえず」と簡潔に示したことはよく知られているし,シェークスピアも人生を7つの年代に分けて示している.
発達段階と発達課題
エリクソンは,人間が自立と社会適応を高める正の要素により獲得される社会的基盤とそれを否定する要素による葛藤の危機を解決していくことで発達を遂げると考え,その葛藤の内容によって,誕生から死までの期間を8段階に区分した.エリクソンによる発達とは,人生においてその成長の度合いに応じたレベルの異なる心理的社会的葛藤を体験し,それによる危機を乗り越えることでそれぞれのレベルの発達課題を達成していくことである.
アメリカの教育学者であったハヴィガーストは人生を以下の6つの段階に区分し,そのそれぞれに社会や文化から要請される達成すべき課題があることを示した.
- 乳幼児期
- 児童期
- 青年期
- 壮年初期
- 中年期
- 老年期
発達課題には,いくつかの意義と概念としての性格がある.それは次のようなものである.
- 健全な社会適応にとって必須の学習内容であること.
- 基本的に適切な時期に一定の期間内で学習されなくてはならないこと.適切な時期を越えた課題は達成が困難となり,その意義も弱まる.
- 子どもから高齢者に至るまでの各年齢段階のすべてに存在すること.
達成目標の成就と自己実現
マズローによれば,自分自身についてよく理解し,自らの可能性を最大限に実現しようと試みるところにこそ「人間の本質」がある.自分の達成目標を積極的に成就しようという欲求をもち,それを満たすための努力の連続が人生だということになる.下位の欲求が満たされることで,より上位の欲求の充足を目指すとマズローは考えた.いわゆる「欲求段階説」である.
- 生理的(身体的)欲求
- 安全・安心の欲求
- 所属・愛情の欲求
- 承認・自尊の欲求
- 自己実現の欲求
成人学習者の場合,周囲にいわれて,とか,資格が欲しくて,とかいった直接的な原因はあったとしても,基本的には,周囲に「認められたい」という承認・自尊の欲求や,さらに高次の自分の人生を「充実させたい」という自己実現の欲求で努力していると考えられるからである.
教育のさまざまな位相
家庭での教育においては,人間への基本的信頼(端的に言えば「一人よりも家族といる方が心地よい」という心理)を醸成することが最も重要な発達課題となる.
就学前教育においては,子どもたちは,家族以外の他者と情緒的に結びつき協調することの心地よさ,簡単なゲームのルールの習得,走る・投げる・跳ぶ等々の身体運動技能の獲得,集団そのものへの理解等々,ピアの中で実に多くのことを学び,発達する.しかし,いかに技術が進み,情報化が進展したとしても,社会の仕組みと文化に変化がない限り,子どもの発達課題が大変動するとは考えにくい.組織的な就学前教育であっても,その基本は,先に述べたような他者との協調やルールの取得等,ピアの中で獲得すべき内容と同一であって,「ピアの代替」という幼稚園,保育所の最大の使命に大きな変化はないと考えるべきであろう.
エリクソンは中等教育の時期に,自分の主体性,自分らしさ,独自性といったものに関わる自我同一性の危機を迎えると指摘する.
自殺と動機
哲学者の天野貞祐が,人はたった1つの理由で自分を殺したりはしない,複数の理由が重なって自殺に至ると語った.旧制一高生であった藤村操が,人生不可解なりという言葉を残して華厳の滝に投身自殺した話題にふれて,自殺を決意させる原因は,単一ではなく複数あり,重なり合うということである.「国民衛生の動向」によれば,遺書に残された自殺動機の分類では,健康問題が第1位となっている.
地域保健
昭和57年に制定された老人保健法の中で,市町村による保健事業として,健康手帳の交付,健康教育,健康相談,健康診断,機能訓練,訪問指導,そして医療という7つの事業の実施が定められた.基本健康検査は,対象者は職域などで健康受診の機会のない40歳以上の住民で,診査内容として,必須項目は問診,身体計測,理学的検査,血圧測定,検尿,循環器検査,肝機能検査,血糖検査であり,選択項目は心電図検査,眼底検査,貧血検査,ヘモグロビンA1c検査からなっている.がん検診については,胃がん,子宮がん,肺がん,乳がん,大腸がんの検診が行われており,受診率は平成15年度において,それぞれ13.3%,15.4%,23.7%,12.9%,18.1%で,低迷している.
職場のメンタルヘルス
1999年,当時の労働省は「心理的負荷による精神障害等に関わる業務場外の判断基準」を示し,自殺を含む精神障害の労災認定基準を明確にした.職場のメンタルヘルスについては,厚生労働省が2006年に公表した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に従って各企業がメンタルヘルス対策に努力することとなっている.
こころの健康づくり対策
現在のわが国の精神保健は,大別して2つの柱がある.慢性の精神障害を持つ人々の地域での生活を支援するという取り組みと,うつ病や自殺,ストレスなどに対する対策であるこころの健康作りである.2003年,厚生労働省から公表された「こころのバリアフリー宣言」では,次の2つのテーマが盛り込まれている.1つは「あなたは絶対に自信がありますか,こころの健康に?」という見出しで,精神疾患を自分もかかる可能性のある問題として関心を持つこと,こころも体も無理しないでこころの健康問題を予防すること,自分のこころの不調に気づくこと,精神疾患への正しい対応を知っておくことが大事とされている.もう1つは,「社会の支援が大事,共生の社会を目指して」という見出しで,慢性の精神障害をもつ者に対するこころのバリアを作らない,障害者が自分らしく生きている姿を認めること,障害者と出会い理解すること,障害者と互いに支えあう社会づくりを掲げている.
集団の類型
これまでに,集団の類型としてはさまざまな概念が提示されている.1つは「第一次集団」と「第二次集団」であり,アメリカ,ミシガン大学のクーリーらが構成員相互の関係のあり方に注目して分けた類型である.クーリーらは,さまざまな集団の内,構成員相互の全人的で直接接触し合う親密な結合,共同,共生といった人間関係を中心とする集団を抽出し,それらを第一次集団と名付けた.それに対して,一面的で他者への転移が容易なメンバーシップや対面性のない間接的な相互関係に基づく集団は,第二次集団と名付けられた.
もう1つは「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」である.独の社会学者テンニエスが示した,集団の起源や成立の根拠を基準とする概念である.ゲマインシャフトは,同一の祖先,道徳的一体性,親密性などを伴う地縁・血縁集団で,人々がそこに属することを自分が希望したのではなく,そこに生まれることによって構成員となるような集団である.もう一方のゲゼルシャフトは,ある特定の目的達成のために形成された実践的手段としての集団で,人々が契約によってそれに参入してくるような集団である.
サンクションと信念
規範が遵守されるためには,サンクション(賞罰)による強制,もしくは規範を遵守することを正しいとする信念(内発的動機づけ)のいずれか一方または両方が必須である.
「自立」の意味するもの
自立という概念は,複数の要素で構成されているが,成熟という概念を用いて表すと,次のような3つの内容にまとめられる.1つ目は「肉体的成熟」である.身体の各器官が労働や婚姻に十分なだけ成熟していることがその内容である.2つ目は「社会的成熟」である.周囲の人々と問題なく付き合っていけるだけの十分な協調性や,社会的な役割を遂行する能力,あるいは挨拶や礼儀など他者と関わる上での技能を身につけることがその内容である.3つ目は「精神的成熟」で,安定した精神状態,忍耐力,問題解決にあたっての判断や決断力,自尊心,向上心,ある程度の孤独に耐えられる独立心などがある.
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