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心の健康と病理(’08)

今学期受講している4科目のうち,「心の健康と病理(’08)」を聴講し終えたので,簡単なまとめをしておく.

健康とは

「健康」の定義として,WHOの憲章前文がしばしば引用される.

健康とは,単に疾病又は病弱ではないということではなく,身体的,精神的及び社会的に良好な状態にあることである.

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

また,QOLはWHOでは以下のように定義している.

個人が生活する文化や価値観の中で目標や期待,基準または関心に関連した自分自身の生活の状況に関する認識

正常・異常と健康・病気

異常・正常は通常,病気・健康と対比され,異常は望ましくないこと,正常は望ましいことという意味合いが生じ,価値基準が加味される.一見,異常所見があっても病気とはいえないという場合もあるし,反対にどうも病気といわざるを得ないが,しかし所見はそれほど異常ではないということもある.要するに,正常・異常の所見は必ずしも健康・病気と1対1の対応をするわけではない.

疾病と疾患

健康ではない状態,すなわち病的な状態を医学では,通常「病気」という言葉よりも「疾病(illness)」という用語を使う.これに対して,「疾患(disease)」とは,疾病の中でも一定の病因(原因)があり,一定の症状(病態),経過,予後(転帰)を示し,一定の病理所見を示す病的な状態をいう.

精神疾患の定義

DSM-IV-TRでは精神疾患を以下のように定義している.

各精神疾患は,臨床的意味のある行動または心理的症候群または様式であって,それがある人に起こり,現存する心痛または能力低下を伴っているか,死,苦痛,能力低下,または自由の重大な喪失の危険が著しく増大しているものとして概念化される.さらに,この症候群または様式は,単にある特別な出来事,例えば,愛する人の死に対して予測され,文化的に容認される反応であってはならない.もとの原因がなんであろうと現在では,その個人に行動的,心理的または生物学的機能不全が現われていることが考慮されなければならない.本来,個人と社会の間に存在する偏った行動あるいは葛藤も,その偏りや葛藤が上に述べたように個人の機能不全の一症状でなければ精神疾患ではない.

人間理解の方法

人間を理解しようとするとき,どのようにとらえたらよいだろうか.「こころとからだ」では「からだ」「こころ」「発達」の3側面からの理解を論じている.このような視点に立った場合,次の視点から人間をとらえられる.

  1. 生物学的視点
  2. 心理学的視点
    1. 精神分析学的視点
    2. 認知行動学的視点
    3. 人間学的視点
  3. 社会学的視点

医学領域においては,エンゲルが疾患の生物心理社会的モデルを提唱して以来,このモデルは人間行動と疾患に取り組むに当たって医学教育における基本的な観点として位置づけられてきた.しかしながら,理念的には生物心理社会的モデルの重要さが指摘されながらも,その限界が指摘されている.理念的にはもっともであり,異論を挟む余地はないが,実際的なアプローチとして有用性に欠けるという限界が指摘され,より実践的なモデルが求められるようになってきている.

メンタルヘルス

メンタルヘルス,精神保健とは,個人,集団および社会など様々なレベルで心の健康,精神健康を維持・向上させること,ならびにそのための実践的な活動を意味する.すなわち,精神障害,「心の病気」ではないというだけでなく,あるいは精神疾患の予防や治療にとどまらず,「心の健康」を保持・増進させ,心理的にも,身体的にも,社会的にもよりよい状態を目指すための諸活動をいう.

心の健康,メンタルヘルス,精神保健の問題を考えるに際し,その視点として2つの軸でとらえるのが一般的である.1つは,人間の生活を一生の時間軸でとらえ,乳幼児期,児童期,思春期・青年期,成人期,高齢期における各発達段階の側面から,すなわちライフサイクルの視点からみたものである.もう1つの軸は,人間の生活を空間軸の視点で捉え,基本的な生活の場としての家族,学校,職場,地域などにおける心の健康,精神保健を論ずるものである.

マーラーの発達論

マーラーは青年や成人の精神分析から発達を考えるとともに,主に乳幼児期早期までの発達について,詳しく研究し発達論を組み立てていった.

  1. 正常な自閉期
  2. 正常な共生期
  3. 分離-個体化期
    1. 分化期
    2. 練習期
    3. 再接近期
    4. 個の確立と情緒的な対象恒常性の萌芽期

乳幼児期の心の病理

赤ちゃんの表情や動作などに養育者が応答していくことによって,前言語的対話が促進されるが,養育者が応答しない場合や,応答したりしなかったりと反応が一定でない場合に,前言語的対話,ひいては言語機能の発達が困難になる.さらに,不快時の泣きや動作などに一貫した応答が得られない場合は,記憶や予測の発達が障害される.

児童期の心の健康と病理

発達段階にある子どもたちにとって,環境の失敗の最たる形は児童虐待といえよう.衣食住のケアが与えられなかったり(ネグレクト),身体的暴力や性的暴力を受けたり,自己愛の尊厳が認められないような心理的暴力を被ることが,子どもたちの心にどれだけの傷を残すかは,計り知れない.暴力で対象を支配することを学習してしまったり,性的関係で人と関係を作ることを学習してしまったりする場合もある.反応性愛着障害や,複雑性PTSD,解離性障害,境界性人格障害などの病像を発展させる可能性がある.

反応性愛着障害

基本的な身体的欲求や情緒的な欲求が持続的に無視されたり,一次的な養育者が繰返し変わったりすることによって,安定した愛着形成が阻害されることが病因とされている.臨床的特徴としては,抑制型と脱抑制型の2つのタイプが見られる.抑制型では,対人関係のほとんどで過度に警戒したり,極端に両仮的で矛盾した反応を示す.脱抑制型では,選択的な対象に愛着を示す能力が著しく欠如していて,よく知らない人に対して過度に馴れ馴れしいなど,無分別な社交性を示すという特徴がある.

世間体

世間体はSocial Skillであり,内面化された倫理道徳規範である.かつては,共同体の中で社会化教育がなされていたが,今日の子どもたちの世間体とは,メディアを介して知る情報やかっこよさといった具象に過ぎないので,人と人との関係を構築していくスキルになり得ないのである.

精神健康とは

一般的な心の健康(精神健康)の定義として代表的なものは以下の通りである.

精神的健康とは,精神的な疾病や障害を持っていないという消極的な意味だけではなく,社会の中で良好な適応を示すとともに必要な場合は社会や環境をも変えてゆけるような積極的な意味を含んでいる.また,主体の側からいえば,この適応に加えて強い苦悩やストレスを伴わず生活の満足感や充実感がなくてはならない.

高橋・近藤,2004.改訂 大学生のための精神医学,岩崎学術出版.

渡辺久雄は神経症的な障害から患者が回復していく過程で共通に認められる精神的な成長の諸側面を以下の4つにまとめている.

  1. 自己理解の深化
  2. 問題解決能力の育成
  3. 豊かな人間関係の構築
  4. 自己変革を基盤にしての外界変革への尽力

自殺

厚生労働省の人口動態統計によれば,死亡原因の上位は悪性新生物,心疾患,脳血管疾患,肺炎である.そして第5位が不慮の事故,第6位が自殺である.年齢別死因統計では,10~14歳で3位,15~19歳で2位,20~24歳で1位となり,25~29歳,30~34歳でも1位であり,死亡率は年代が上がるにつれて増加する.年間志望者数の約半数を自殺が占める20代後半をピークに青年期の自殺は目立つが,自殺による死亡率は,むしろ50代後半をピークに中高年の方が高い.つまり,自殺が若者に多いというのは,あくまで他の死因に比べて割合が高いのであって,実数としてはむしろ中高年より少ない.

心身症

心身症とは,いろいろな身体の病気の中でも,その発症や経過に心理社会的要因が密接に関与している場合にそう呼ばれる.代表的なものに,過敏性腸症候群(IBS),過呼吸症候群,摂食障害,月経前症候群(PMS)などがある.心理的ストレッサーとして,家庭生活においては親からの自立(依存・独立の葛藤),学校生活においては友人・異性・教師との関係,学業成績,進学,受験失敗,クラブ活動,社会生活としては,結婚・就職などがある.

認知症

認知症は85歳以上の高齢者では20~25%が認知症とされていることなどから,加齢が認知症発症の重要な要因の1つであることは間違いない.認知症を起こす原因には様々なものがあるが,最も頻度が高く社会的にも問題となっているのは,脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症である.脳血管性認知症は,脳の血管が原因で認知症が発症するもので,多くの場合,脳の血管の動脈硬化症の変化による脳梗塞などの結果である.アルツハイマー症候群は,20世紀初頭にアルツハイマーによって報告された病で,脳の神経細胞が減少するとともに脳が萎縮するという原因不明の病であり,今日確実な予防法が確立していないこともあって,欧米諸外国同様に,わが国でも最も多く見られる認知症である.認知症の症状は以下の通りである.

  1. 記憶障害
  2. 見当識障害
  3. 計算力の障害
  4. 意欲・感情の障害
  5. 幻覚・妄想
  6. 夜間せん妄
  7. 問題行動
  8. 日常生活能力の低下

うつ病

高齢者の精神的な問題といえば認知症に関心が集中しがちであるが,うつ状態もまた,高齢期に多い精神保険上の問題である.うつ状態は65歳以上の高齢者の2~3%程度に見られるという報告が多い.うつ状態に見られる主な症状を挙げると次の通りである.

  1. 抑うつ気分
  2. 自己評価の低下
  3. 自責感・自罰傾向
  4. 自殺念慮・自殺企図
  5. 思考・行動の制止
  6. 興味・関心の低下
  7. 不安・焦燥
  8. 妄想
  9. 身体症状

一姫二太郎

乳幼児期・学童期に明らかになる発達障害や神経性習癖等の多くは,男性に多く女性に少ない.昔から「一姫二太郎」といわれ「女子の方が男子より育てやすい」と言い習わされてきた所以であろう.

摂食障害

摂食障害は,男女比1:6から1:10で女性に多いとされている.操作診断的には「神経性無食欲症(Anorexia Nervosa, AN)」と「神経性大食症(Bulimia Nervosa, BN)」に分けられる.精神的態度として,下坂は以下の7点をあげている.

  1. 成熟に対する嫌悪・拒否
  2. 幼年期への憧憬
  3. 男子羨望
  4. 厭世的観念
  5. 肥満嫌悪,痩身に対する偏愛と希求
  6. 禁欲主義
  7. 主知主義

本症例の家庭の大多数は,父親が無力で母親が優勢である.母親または母親代理者(多くは祖母)の支配的,抑制的,時には拒否的な養育と父親の無関心ないしは放任とによって,人格の本来の発達は幼少時から著しく阻害されているものが多い.

産後うつ病

産後うつ病の好発期は産後1ヶ月といわれてきたが,最近の研究で多くは産後2週間以内に発病していることが明らかになった.産後うつ病に特徴的な訴えとしては,「母乳の飲みが悪い」「赤ちゃんの具合が悪い」「赤ちゃんに愛情が感じられない」「赤ちゃんに申し訳ない」「自分は母親として失格だ」などがみられる.産後うつ病のスクリーニング法として,欧米でよく使用され,わが国でも活用が増えている質問票として,エジンバラ産後うつ病質問票がある.10項目で構成されていて,過去1週間の精神状態について4段階(0,1,2,3)で評定するので,最低0点,最高30点となる.産後うつ病をスクリーニングするためのカットオフポイントは,欧米では10~13点であるが,わが国では表現しない傾向があるため,9点以上を産後うつ病の疑いがあるとしてスクリーニングすることになっている.

ドメスティック・バイオレンス

ドメスティック・バイオレンスは,インティミットな間柄,すなわち性関係のある,または過去にあった間柄で起こる暴力である.身体的暴力のほか,経済的暴力,精神的暴力,性的暴力,社会的隔離,対物的暴力などがあるが,いずれも,相手をおとしめ,辱めるような,別の表現をすれば,相手の自尊環境を傷付け,自立性を失わせるような暴力であるという特徴がある.加害者の要素としては以下の4点がある.

  1. 共感性の欠如
  2. 情緒の不安定
  3. 激しく不安定な対人関係と見捨てられないための常軌を超えた振る舞い
  4. (いわゆる)男らしさ

加害者はパートナーが外の人と繋がることを制限し,出かけることを非常に嫌う.こうして被害者を情報や支援から遠ざけ,孤立化させる.日常生活に細かい独自のルールを作って,強制することで,安全感や自立の感覚を破壊する.

学校におけるメンタルヘルス

メンタルヘルス不全に陥った子どもたちを支援する方策の1つがスクールカウンセリング制度であるが,スクールカウンセリングだけで子どもたちのメンタルヘルス向上,あるいはメンタルヘルス不全に陥った子どもへの支援ができるというわけではない.学校教員,親,地域の人々,そして時には医療機関との協力関係や連携があって初めて子どもたちを支えることができるのである.

学校でのメンタルサポート

保健室といえば,怪我をして応急処置をしてもらう場所であったわけだが,「この先生になら話を聞いてもらえる」と感じた子どもたちが悩みを訴えたり,聞いてもらったりするわけである.学校におけるメンタルヘルスにおいて重要な概念に,コンサルテーションがある.学校の養護教諭や看護師,あるいは教師が生徒の相談に当たりながらも精神疾患や病理の深そうな情緒問題が向けられたり,相談行為に不安を感じたりする場合などに精神科医や心理カウンセラーに相談し対応の仕方を求めることがある.

最近の思春期・青年期の子どもたちの病理として,体験不足がある.さらに耐性欠如(日常語の忍耐力不足に近い),心の傷つきやすさ,グループ体験の不足や,彼らをサポートする教員の多忙さというものも指摘される.

不登校

不登校というと,昔は児童の学校嫌い,神経症としての学校恐怖症,神経症とは限らないので登校拒否と呼ばれていたこともある.ちなみに,旧文部省の学校基本調査では,1年の欠席日数が年間50日以上という定義(1966年)がなされていたが,最近では30日以上という定義(1991年)となっている.

最近の文部科学省の採用している小学校・中学校の不登校の様態分類は以下の4つである.

  1. 情緒混乱型
  2. 無気力型
  3. 遊び・非行型
  4. 複合型

の不登校事例を調査した比較的最近の研究がある.学校要因と家族要因と本人要因の3つに要因を区分する.学校要因とは,学業,教師の問題,進路選択,学校の規律,友人関係上のトラブルなどを指し,64%が学校要因とされた.

労働者における精神障害の頻度と自殺率

1993~4年の調査では,むしろ気分障害や神経性障害が最も多くなっており,統合失調症の割合は20%未満と低下していた.財団法人「社会経済生産性本部」が行った2006年の調査では,「心の病」が増加傾向とする企業は61.5%にのぼっている.この調査では,特に30台の「心の病」が増加しているとする企業が多くなっていた.労働者の自殺者数は1998年から急増して8千人を超え,その後,2006年まで同程度の高い水準で推移している.

4つのケアの推進

職場のメンタルヘルス対策の進め方について,組織的,計画的に行うように求めている.「4つのケア」は「セルフケア」,「ラインによるケア」,「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」および「事業場外資源によるケア」からなる.「セルフケア」は労働者が自らの心の健康のために行うことである.「ラインによるケア」は,労働者と日常的に接する管理監督者が行うことである.事業場内産業保険スタッフ等はそれぞれの職種に応じて「事業場内産業保険スタッフ等によるケア」を実施する.「事業場外資源によるケア」では,さまざまな事業場外資源とのネットワークを日頃から形成しておくことが大事である.これらの「4つのケア」を効果的に進めるための具体的な方法として4つの実施事項をあげている.

  1. 教育研修・情報提供
  2. 職場環境等の把握と改善
  3. メンタルヘルス不調への気づきと対応
  4. 職場復帰における支援

職場環境等の改善

目に見えないストレスを数値化する簡便な調査方法として「仕事のストレス判定図」が開発されている.職場のレイアウトや作業手順などが変わるだけで,職場の人間関係が変化するケースもある.「職場環境改善のためのヒント集」(メンタルヘルスアクションチェックリスト)は,わが国の職場で実際に行われている職場環境等の改善対策を収集し,まとめたもので,その中から自分の職場にあった対策を選べるようになっている.

自殺の危険因子

厚生労働省人口動態統計によると,自殺者数は1997年の約24000人から1998年には32000人へと急増した.警察庁の統計によれば,1998年から2006年までの自殺者数は連続で3万人を上回っている.自殺の手段については,厚生労働省人口動態統計で集計されている.約6割が縊首による.最近では,縊首による自殺が増加する傾向にある.縊首に次いで多いのは,男性のガス自殺(約13%),女性の飛び降り自殺(約13%)である.1998年から増加した自殺は,特に40~59歳の中高年男性において顕著である.また,1998年の前後で自殺率を比較すると,管理職や専門職などの職業に置いて,自殺率の増加率が高い.自殺率は,東北地方,日本海側および九州地方・沖縄で高いことが知られている.自殺率の都道府県格差の理由を探る研究では,完全失業率が高い都道府県,世帯主収入が低い都道府県で男性の自殺率が高いことが分かった.

人格障害

米国精神医学会の診断基準であるDSM-IVにおいては,「個人の1年以上にわたって持続する,もしくは長期の(成年早期か思春期から持続する)機能状態に特徴的な行動傾向,人格特徴で,重大な社会的職業的障害もしくは主観的苦痛をもたらす.認知,感情,対人関係,衝動コントロールの中の2つ以上の領域を巻き込む」と定義されている.

人格障害の診断にはいくつかのモデルがある.

  1. 次元モデル
  2. カテゴリモデル
  3. 多面的記述モデル

現在の操作的診断基準で診断すると,臨床的援助を受けていない一般人口の中のきわめて多くの人が人格障害と診断される.一般人口を対象とした研究では,10~13%にも上るというデータが出ている.

人格の生得的遺伝的素因のあらわれが気質であるが,生まれたばかりの乳児にもその乳児なりの気質があり,それは生得的な脳の体質に由来するのである.乳児が成人となるまでに,環境との相互作用によって様々な影響が人格に及び,成人の人格が形作られると考えられる.

精神医学的問題の根に人格障害があったと解釈できるが,その因果関係については様々な可能性があり,明確に実証することは困難であるため,最近は,ともかくも2つの問題が共存しているという意味で,コモビディティ(comorbidity)という概念が用いられる.一般的にいって,精神障害と人格障害のコモビディティは高い.回避性人格障害と社会恐怖,境界性人格障害と薬物乱用,薬物依存,摂食障害にもコモビディティがあると考えられる.

人格障害の諸類型

DSM-III以来,人格障害を3つの群に分けることが行われている.

  1. A群の人格障害:対人的に疎隔的な人々であり,治療を求めることは多くなく,臨床場面にあまり登場しないが,一般人口には臨床家の予測より多く存在する.妄想性人格障害,統合失調(分裂病)型人格障害,統合失調(分裂病)質人格障害.
  2. B群の人格障害:情緒的に他人を巻き込みやすい,ドラマチックな対人関係を作りやすい人たちで,臨床状況においてもそうした特徴のために独特の扱いがたさを持っている.力動的心理療法に反応して改善するものも多い.境界性人格障害,反社会性人格障害,演技性人格障害,自己愛性人格障害.
  3. C群の人格障害:不安や対人的な恐れや内向性を中心的な特徴とする群である.回避性人格障害,依存性人格障害,強迫性人格障害.

社会病理の時代的変遷

犯罪・非行は,個人的な行為であると同時に,時代状況を写す鏡であるとよくいわれる.一般刑法犯の認知件数は,平成10年頃より急増し,平成14年に戦後最多を記録した後,減少しているが,依然として相当高い水準にある.一般刑法犯の検挙率の推移を見ると,昭和62年よりそれまでの60%程度から徐々に低下し,平成13年では戦後最低の19.8%まで落ち込んだが,再び上昇し,平成18年には31.3%となっている.

平成19年「犯罪白書」の特集である「成人犯罪の再犯」では,調査対象者100万人の調査結果で,71.7%が初犯者であったが,残りの30%の再犯者が,件数としては約60%の犯罪を行っており,犯罪の全体数を減らすには,再犯者対策が重要なことがわかる.罪種別に初犯者が再犯に及んだ者の比率が最も高かったのは,窃盗44.7%,次いで覚醒剤41.6%で,この2つは特に同じ罪名の犯罪を繰り返す傾向が認められる.また,性犯罪の再犯率は30%と高いが,再犯の中に性犯罪を含む者は5.1%にとどまっており,意外に少ない数字のように思われる.一般刑法犯検挙人員のうち,精神障害者及びその疑いがある者の比率は,平成18年では0.7%であり,おおむね例年1%弱程度である.罪名別では,放火が最も高く,次いで殺人である.精神障害のために善悪の区別が付かないなど,通常の刑事責任が問えない状態のうち,全く責任を問えない場合を「心神喪失」,限定的な責任を問える場合を「心神耗弱」と呼ぶ.

非行少年の処遇上の留意点

最近の非行少年の処遇上の留意点として,以下の3点を挙げられる.

  1. 人の痛みに対する共感性を育てる処遇
  2. 集団場面を活用した処遇
  3. 保護者の自発的対応を促す働き掛け

病みながら生きるという生き方

心の健康と病理(’08)第11回からのエントリです.

人間という生物の特性についてはさまざまな説が唱えられてきたが,その特性の1つに「病みながら生きる存在」ということがあげられるのではあるまいか?野生の動物なら,大きな病気や怪我をすれば1日と生きられないであろうが,人間は,大きな病気や障害を抱えながら生きることができる存在なのである.逆にいえば,病みながら生きるという生き方こそが人間に特有な生き方であるともいえるが,特に高齢期にはむしろ何らかの病や障害をかかえながら生きることが普通であることを思うならば,高齢化社会を迎えた今日ほど病みながら生きるという生き方が求められている時代はないといっても過言ではない.

心の健康と病理 p.159

以前,ツイッターだったと記憶しているが(そのくせソースを見つけられないのだが),「人間は医者がいなければ病気や怪我をして自然淘汰されていく.医療費などいらない」などのような主張を見かけた.そんなあなたは生まれてきてすぐに死んだでしょうね,などと思ったのだが,人間は病みながら生きる生き物なのだとすれば,病んでいることは1つの存在の証なのでしょう.

心の健康と病理(’08)第11回では,障害に悩みながら優れた活動をしたベートーヴェンと夏目漱石の2名を挙げて,病みながら生きるという生き方について述べている.ベートーヴェンは20代の頃に聴覚障害を自覚し,32歳の頃には自殺も考えていたらしい.しかし,同じ頃に手紙で以下のようにも書いている.

「芸術が--僕をひきとどめた」

「僕には自分に課せられていると感ぜられる創造を,全部仕上げずにこの世を去ることは,不可能だと考えられた」

心の健康と病理 p.161

その後,ベートーヴェンは交響曲第3番「英雄」という交響曲史上に残る傑作を書き上げ,「運命」の作曲に取りかかるなど,傑作の森と呼ばれる作品群を書くことになる.「運命」の完成から7年後の1815年10月19日のアンナ・マリー・エルデッディ伯爵夫人に宛てた手紙には,以下のように書かれている.

「優れた人々は苦悩を突き抜けて歓喜を勝ち得るのだ,と言っても間違いないでしょう」

また,1827年2月17日にヴェーゲラーに宛てた手紙では以下のように書いている.

「僕は我慢して耐えている.そして,あらゆる禍いも時としては何か善いものをもたらすものだ,と考えるのだ」

夏目漱石は約50年の生涯で3度の神経衰弱に陥った時期があるとされている.第1病期は20代後半で,自分が下宿していたお寺の尼たちが自分のことを探偵していると思い込み,東京にいるのが嫌になって松山中学の教師になった.第2病期は30代後半で,英国留学中に下宿の姉妹が自分のことを見張ったり探偵を雇って跡をつけさせていると思い込み,英国人全体が自分を馬鹿にしていると考えたり,帰国してからも鏡子夫人が女中たちを手下に使って小刀細工をしているとか,近所の千駄木の住民が自分に嫌がらせをしたり探偵をしていると思い込むという,追跡妄想を思わせる症状も再び出現していた.第3病期は40代後半で,同様にして幻聴や被害妄想・追跡妄想などの症状が出現していた.

夏目漱石は第1病期では妄想から逃れることで精神的な安定を取り戻そうとしており,松山で取り組んだ文学も俳句という出世間的な色彩の濃いものであった.対して,第2病期では同様の症状にありながら,京都帝国大学教授への誘いを受けながらも,千駄木にとどまる決意を述べている.すなわち,第1病期では病的な体験から逃避するという対応をしていたのに対して,第2病期では病的な体験と闘うという戦闘的な姿勢に変わっている.また,創作も俳句という出世間的なものから,作品を通じて近隣の住民を攻撃するという戦闘的なものになっている.第2病期に書かれた作品である「吾輩は猫である」「坊っちゃん」は,主人公を探偵する周囲の人間と闘うという姿勢が顕著である.そして,第3病期(40代後半)では,自らの体験に基づく精神的な安定法を他人に助言できるまでになっている.

つまり彼らは,病にもかかわらずというよりは,病あるがゆえに傑出した創造的な活動を行い得たという側面をうかがうことができる.病や障害は1人の人間としてのベートーヴェンや夏目漱石にはさまざまな苦悩をもたらしたかもしれないが,作曲家・小説家としての彼らには幸運に作用したということもできるだろう.

本書のまとめでは,以下のように締めくくっている.

しかし,病や障害には人間がいかに努力しようと免れがたいという側面があることも事実で,そのような現実を考えるならば,病や障害が人生において果たす役割を考えることもあながち意味のないことではあるまい.(中略)人生において病むことの意味として考えられるものをあげると,以下のようになる.

  1. 日常的な業務から開放されて休養できる.
  2. 社交や世間体などのために費やす時間が減る.
  3. 行動が制限される分,孤独で内省的になり,感覚的にも敏感・繊細になる.
  4. これまでの生き方を振り返って,自分の人生で真に大切なものを考える機会になる.
  5. 病気をそれまでの生き方に対する警告として受け止め,健康管理に気をつけるなど,自分にとって無理の少ない生き方ができるようになる.
  6. 現実からの距離が取れて,世俗的な価値観を相対比できる.
  7. さまざまな可能性が限定されるために,一点に努力を集中させることができる.
  8. 人生の価値や生きることの意味に対して複眼的かつ非競争的な思考ができるようになり,これまでつまらないと見過ごしてきたことにも新しい意味や価値を見出す.
  9. 人生に対する過大な要求が減り,生きていること自体が素晴らしいと感じられる.
  10. 周囲からの期待が減り,自分本来の道に専念できる.
  11. 自分の限界や弱点を認識して謙虚になり,自分が周囲の支援や犠牲の下で生かされていることに感謝できるようになる.
  12. 人生の悲観的な部分に対する認識が深まるとともに,病を乗り越えることで自信ができ,人生の困難や不条理に対する耐性ができる.
  13. 自分が死すべき存在であることを実感して,仕事の完成に情熱を注ぐ.
  14. 他の病者や弱者に共感的になり,治療的な態度がとれるようになる.
  15. いわゆるminorityとしての立場からの発言や活動ができるようになる.

心の健康と病理 pp.167-168

概ねそうかなぁとは思う.2,3,5,6,8,10,11,14,15あたりはその通りかと思う.ただ,日常的な業務から開放されてもいないし,休養もとれてはない.

職場に行かなければ心が休まるわけではないし,ぽけーっとしてれば心が休まるわけでもない.原稿の締切や査読の締切や学生の研究進捗状況など,なんらかの気がかりなことが心のどこかに留まっていて,少なくとも私の場合は,それが負荷になっている.それが「甘え」だと言われればそうなんでしょう.お前がそう思うんならそうなんだろう,お前ん中ではな.でも実際,CSSの原稿も終わり,節電のため完全休養期間だった今年の夏休み(CSSの原稿があったから後半だけ)は,本当の意味で休めたのだと思う.以降は,比較的調子がよい.

その反面,4,7,9,12,13については全くそのように感じないので,まだまだ病を受け入れるという状態には至っていないのだろう.まだ,UCは2年目で,寛解状態もどこからと見るのかによるけど,アサコールに変わってからとすれば半年程度.自分ができること,やるべきこと,与えられた使命を自覚するのは,まだもう少し先なのでしょう.

放送大学5年生に進級しました

ども.2009年4月に科目履修生で放送大学に潜入し,その後9月から全科履修生3年次編入を果たし,ついに2011年10月から5年生になりました.人生初の留年ってヤツを経験中です.初・体・験☆

10月を過ぎて新学期になったので,今日は所属する東京文京学習センターに赴き,新しい学生証を受け取ってきました.写真は論文誌の著者紹介と同じ写真にしたので,なかなかイケメン風味になってます.今後は,留年を反省しつつ(?),早く卒業できるように,日々邁進して参ります.

平成23年度第1学期の成績

成績が出てました.全然ダメですね.自分の得意科目で@をとって,一体何になるというのだ.当たり前じゃないか.その反面,自専門科目はBとCという体たらく.学びたいのか,単位を取りたいだけなのか.はっきりとすべき.全く以て酷い有様です.UCになってから,あらゆることが上手くいきません.

平成23年度第1学期単位認定試験

試験期間は既に始まっていますが,今日から参戦しました.今学期は以下4科目を受験します.

  • 情報の世界(’10)
  • 心理臨床とイメージ(’10)
  • 思春期・青年期の心理臨床(’09)
  • 記憶の心理学(’08)

今日は「情報の世界」と「思春期・青年期の心理臨床」の2科目を受験してきました.基本的に,勉強は自分のためにやっているので,自分が理解した,満足した,と思えば,それで良いのです.なので,放送授業を受講し終えた段階で,目的はほぼ達成されています.ですから,単位は取れても取れなくても,大した問題ではないです.単位は受講の結果に付いてくるオマケのようなものです.ただ,修了はしたいので,卒業要件に達するだけの単位数は欲しいです.

基本的に,オマケは欲しいです.なので,単位を落とすことは実にもったいないです.しかも,もらえるものであれば,1番良いものが良いに決まってます.しかし,その一方で,試験は自分の実力(地力)を推し測る場でもあるので,一夜漬けで試験の時だけ良い成績を取ろうってのは,好きじゃないです.結局,オレの成績表は実力(地力)をそのまま表したものになっていると思います.

今学期は自専攻科目が多めなので,良い成績を修めたいところです.残りの2科目は,最終日に受験予定です.

201107312353追記

最終日は最後の2コマを受けてきました.記憶の心理学は想像していたよりも簡単だったので,なんとか対応したと思います.心理臨床とイメージはちょっと想定と違っていて,なかなかに自信がないです.来学期も頑張る.

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