- 投稿: 2012年04月12日 23:36
- 更新: 2012年08月11日 02:33
- 教育
今学期受講している5科目のうち,「心理学研究法(’08)」を聴講し終えたので,簡単なまとめをしておく.オレ程度の小童が心理学技法を使って何かしようなんて思ったらダメだってことが分かった.
なぜ心理学では研究法が問題になるのか
「心理学を哲学から独立した科学にさせるべく,ヴントは1879年,ライプチヒ大学に初めて心理学実験室を創設した.」
自然科学の進歩を素人目で見ていても,見えないものを見えるようにする可視化技術の進歩がその科学の発展を支えてきたのがわかる.心理学では,「物のような実体ではないが,存在はしている」ことは確実な心を,どのようにとらえることによって,科学の対象にしているのであろうか.知能検査作成の心理学的研究では以下のようになる.
- 定義する
- 定義に従って,測定可能な行動をいくつか設定する
- データを集め,知能の構成概念としての妥当性を検証する
こうした構成概念的なアプローチは心理学研究の主流ではあるが,王道ではない.
なぜ心理学の研究法は多彩なのか
まず,研究者の心についての立場の多彩さがある.心をどのようなものとしてみるのかに様々な立場があるために,多彩な研究法が必要となるのである.一般に,成熟科学では,技法は研究法とは独立して存在している.心理学の場合は,科学としての歴史の短さと見えないものを科学するゆえの,研究技法と研究法の癒着という未熟さがまだある.
現代心理学を歴史的にみて,その時代思潮は,大きく4つに区切ることができる.1879年から1913年は心重視の時期である.ヴントは,心理学を直接経験の学と定義し,それを構築するために,心を直接,内観することから得られるデータを使おうと試みた.1913年から1954年は行動重視の時期である.行動主義が.厳密な自然科学たらんとして採用した刺激-反応(S-R)パラダイムは,実証科学としての心理学の地位を一気に高めた.1954年から1979年は再び,心重視の時期である.刺激と反応の関数関係を知ることに腐心することが科学であると信じ切っていた行動主義心理学とは違って,心のメカニズムの解明に研究の関心を向けたのが認知科学者であった.これは行動主知に対して,認知主義と呼ばれる.1979年以降は心も行動もの時期である.認知科学の中にも,心の世界だけを自閉的に研究しても,人の心は分からないとの認識が共有されるようになってきた.このような認識は状況論という新しい立場を生み出した.人を取り巻く状況との関係性にも目を向けて心を考えるようになってきたのである.
実験室実験法
心理学でいう実験は,原因と結果の対応関係を実証的に明らかにする科学的な方法として使われる.そして,因果関係とは,ふつう確率的あるいは統計的な因果関係のことを指す.
実験室実験では,厳密な条件統制をすればするほど因果関係の実証に成功しやすい.実験法の長所はこの点に尽きる.ところで,実証された実験場面は,現実の社会生活と大きくかけ離れがちになる.そこで,より現場に近い実験場面で実証できないかと工夫することになる.これは準実験とか現場実験という名の下で行われている.
心理的な変数の値を調べるには,主に次の3つのどれかの方法で測定することが多い.
- 心理尺度による測定
- 行動・反応に関する測定
- 生理的指標による測定
このような測定で大切なことは,測定具が故障していないかどうかや測定値が安定しているかどうか,本当にその測定具で測っているのかという点にある.前者を信頼性,後者を妥当性という.
実験法の基本的な考え方は次の通りである.単なる予想であって,まだ実証されていない因果関係を記述した言説を仮説という.この仮説を実証的に突き止めるには,原因側の独立変数と結果側の従属変数を決めて,その因果的な対応関係を押さえる.統計的検定では,条件間や群間に差があることは証明できない.そこで仮説を検証する倫理としては,まず説明したいことと反対の仮説を立てる.これを帰無仮説という.もし2群間に差があることを実証したいのであれば,2群の従属変数の得点間に差がないという帰無仮説を立てる.そして,帰無仮説が成立する確率がどのくらいであるかを,実験の結果から得られた2群の得点に関して,所与の計算式を用いて計算する.もし帰無仮説がごく低い確率でしか成立しないのであれば,帰無仮説とは反対の仮説つまり本来証明したかった仮説(対立仮説)を採択する.独立変数以外に規則的に影響を持つ変数を剰余変数という.実験法では,剰余変数の影響をできるだけ減らすこと,つまり系統誤差の排除がポイントになる.
独立変数と従属変数を,どのように組み合わせて実験を行えば確率的な因果関係が実証できるかが実験計画法である.実験計画法は,狭義には分散分析と呼ぶ統計技法を指していて,t検定は分散分析で使われるF検定の特殊な場合である.実験計画ではデータ収集に先だって,次のことを決める.
- 研究仮説の設定
- 独立変数,従属変数と測定方法,統制すべき剰余変数の特定
- 被験者の数の決定と母集団の特定
- 被験者の実験条件への割り付け
- 目的に合う統計処理の決定
モデル論的アプローチ
モデル論的アプローチと因果を探る実験研究との際立った違いは,後者の方が,独立変数と従属変数との関数関係を措定するのが一義的な狙いであるのに対して,モデル論的アプローチでは,刺激と反応を繋ぐ内部メカニズムのモデル化に焦点を当てているところである.このアプローチは,心理学にとっては斬新であるが,自然科学や理工学分野の研究ではごく一般的である.
精緻化の水準が高いモデルの例としては,シミュレーション・モデルがあり,ACT*がその典型例である.コネクショニズムは,例えば,文字認識の神経回路網に似た階層的なネットワーク・モデルをコンピュータ上に作り込むものである.貯蔵庫モデルは概念モデルとしては精緻化の水準が低い方である.これよりさらに低い水準にあるのが,多くの心理学の研究で多用される,いわゆる構成概念モデルである.
質問紙調査法
質問項目群を用意して,これを回答者に対して示し,その質問に対する回答を求めるデータ収集法が質問紙調査法である.質問項目に対する回答形式は,自由記述あるいは数量化の可能な選択肢の形式を用いる.質問紙調査法の特徴は,調査協力者自身に,その心と行動について答えてもらう点にある.短時間で一度に多量のデータを得るという利点を活かすには,自由記述法よりもむしろ,リッカート形式やSD法(意味判別法)といった回答形式を使うことが多い.
質問紙によって何を調べるかは,大きく2つに区別できる.社会調査では社会的なあるいは集団的な概念,心理尺度による調査では心理学的な概念を研究対象と定める.社会調査とは,一定の社会集団に生じる諸事象を定量的または定性的に認識するプロセスである.社会調査の定義の共通理解として,次の3つの条件がある.
- 社会または社会事象について
- 現地調査により
- 統計的推論のための資料を得ることを目的とした調査
代表的な社会調査としては,国勢調査,世論調査,市場調査,あるいは学術調査が知られる.
質問紙による調査研究の一般的な流れは次のようになる.
- 調査目的の設定
- 質問項目の作成
- 調査対象の決定
- 調査の実施とデータ収集
- 結果の統計処理
- 報告書の作成
質問紙調査法が多用される理由は,意識や意見を調べるには,倫理的にも現実的にも実験法や観察法が使えないことが多いからである.また,多くの関連要因間の相関関係を調べることもできる.一方で,因果関係を実証的に検出することは困難である.
心理尺度の構成法
尺度構成は,「定義に従って,測定可能な行動をいくつか設定する」,「データを集め,構成概念の妥当性を検証する」の段階で工夫された1つの方法論である.心理尺度を作るための手順は以下の通りである.
- コンセプトワーク;すでにある多数かつ多彩な心理学的構成概念との関連性や,定義に相応しい名称を与える作業が必要となる.さらに,その構成概念を想定することによって,どんな新たな知見が期待できるのかも明らかにしなければならない.
- 項目の収集;類似した構成概念を計測する質問を参考にしたり,定義を伝えて,素人心理学者から項目を収集したりする作業をする.定義全体をカバーする項目を収集できないと,はかろうとしているものをはかっていない(妥当性のない)尺度ができてしまう.
- 項目の精選;尺度を構成する質問項目群による質問紙調査を作成して,予備的な調査を行い,得られたデータから統計的なデータ解析を行うことで,項目の精選を行う.
- データによる尺度の吟味;尺度は研究の道具に過ぎない.それがどれくらいその後の研究の使用に耐えうるのかをきちんと査定しておく必要がある.尺度の信頼性は2つあり,何度はかっても同じ結果が得られるかと,項目群が同じ構成概念を測るに相応しい一次元性を保っているかどうかである.もう1つ尺度のが妥当性であり,項目群が仮定した構成概念をきちんと測っているかどうかである.
心理学で最もよく使われる心理尺度の使われ方には,大きく3つある.
- 個人の心にまつわる特性を査定する
- 群間の違いを査定する
- 構成概念間の関係のありさまを調べる
1の使われ方で1番なじみのあるのは,各種の心理検査である.前述の4段階までの手順を踏んで作成されたものは心理尺度と呼ばれるが,さらにもう1つの段階を踏んだものが「標準化された」心理検査と呼ばれる.ある個人の得点がその個人が属する集団の中でどの位置にあるかを査定できるように,集団の平均と標準偏差(ノルム)とを求めることである.
観察法
観察法は見るという機能を測定装置とした研究法である.観察は,単に対象を眺めることとは異なった見方と道具立てを必要とする.観察日記では,観察対象を繰返し詳細に見ることが要求される.観察においては,できるだけ観察者の主観を排して,対象の特徴を客観的に記述することが求められている.観察者は,単に対象を詳細に見て,克明かつ精確に記述するだけでなく,定規,温度計,秤などの道具を併用した測定や分類基準を作り,観察対象を分類し,数え上げるといった,外的基準に基づいた組織的な記述を行い,他の観察者が行っても同じ観察結果が得られるよう,観察記述に客観性をもたらす工夫をする.観察により発見されたパターンは,これを生み出しているメカニズムを探求する起点となり,ここから科学的な仮説の生成や説明が導かれることになる.
観察法は他の研究法と比較して制約が少ない.使用する道具も大がかりでなく,極端に言えば,記録のための紙と鉛筆だけで実施することが可能である.実験法では,あらかじめ操作すべき要因が特定されている必要がある.要因の特定には,その研究領域に関する十分な知見とそこから導かれる仮説が必要となる.新しい研究分野において,その知見の蓄積が十分でなく,検討すべき仮説を提出することができない場合,実験がそもそもできない.このような場合にも観察法は有効である.観察法によって,まず,対象の性質を把握し,十分な知見を得た上で仮説を生成し,実験を行うという手順を踏むことになる.
観察はあらゆる科学的研究の基盤になる重要な方法であるが,そこで得られた,行動のパターン間,行動のパターンと他の変数との関係は相関関係に過ぎない.
エスノメソドロジー
エスノメソドロジーでは,私たちの日常の秩序を作り上げている人々のやり方を「エスノメソッド」(ethno:人々の+method:方法)と呼び,この解明を目的としている.エスノメソッドは使用されているが,気づかれていない.これに接近するためには,独特の視点が必要となる.
ガーフィンケルは,エスノメソッドを洞察するために,期待違背実験と呼ばれる方法を考案している.ある実験では,学生に友人との日常会話の中で,相手が使うごく普通の言葉に対して逐一説明させ,その様子を記録された.この実験から,友人との会話中でごく当たり前の言葉を逐一説明したいという秩序の中で会話を行っていることが見えてくる.そして,ひとたびこの秩序が破棄されると,破棄したということが会話をしている当事者に観察され,修復作業が行われることになる.このようにして観察可能となる日常会話の秩序や修復作業にエスノメソッド解明への手掛りがある.
エスノメソドロジーではエスノメソッドを洞察するため,研究者は人々が行っている日常とは少しずれた位置に立ち,日常における秩序のほころびとその修復作業を観察する.そして,人々がその場で.どのようなエスノメソッドを使用して秩序を可能としているのかを明らかにしていく.
現場において研究者が直面する問題は,現場における研究者のポジションである.現場の人間になりきってしまえば,そこで使用されているエスノメソッドが見 えなくなる.他方で,現場で活動している人々の経験に接近するためには,その世界にできるだけ馴染む必要が出てくる.現場の内部にいながら部外者であるこ とを意識し,かつ,維持するバランス感覚が必要となる.
グラウンデッド・セオリー・アプローチ
佐藤は,質的データを分析する研究者が感じる2つの問題を指摘している.1つは量的データと比較した場合のデータの「きたなさ」であり,もう1つは研究者に都合の良いデータのみに着目してはいないかという「後味の悪さ」である.そこで,量的データを体系的に分析していく方法が必要となってくる.ただし,わざわざ現場に分け入ってデータを収集するのであるから,データが持つ豊かさを損なわないよう分析を行う必要がある.
グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,明確な手順に従って,データとの対話から理論的概念が構築されていく.この点が,ある意味では職人芸として質的データをまとめていくエスノグラフィーなどのアプローチとは異なる点である.
まず,得られたデータの一定のまとまりについて,研究者の研究関心に基づき概念のラベル付けが行われる.次に,この概念をいくつかのカテゴリーに統合していく.さらに,得られたカテゴリーを新たなデータに当てはめ,カテゴリーの検証と修正が加えられる.この検証と修正は,これ以上カテゴリーの修正の必要がないと判断されるまで繰り返され,最終的なカテゴリーがその領域の理論的概念として決定される.グラウンデッド・セオリー・アプローチの分析の特徴は,このようにカテゴリーの生成を新たに追加されるデータとの絶えざる比較,すなわちデータとの絶えざる対話の中で行っていく点にある.
教育的介入法
実験室において蓄積されてきた理論を単に現場に応用する研究,あるいは,研究の場を実験室から現場に移動させるといった研究ではなく,現場において生じている問題を発見し,分析し,これを実践者と協働して解決していくことを通して,実践者は問題の解決への一連の道具を,一方,研究者は心理学への新たな知見を得ようとする研究が取り組まれている.このような研究において採用されている手法を教育的介入法と呼ぶこととする.その特徴は,教育現場において生じている教育上の問題に対して,実践者と研究者とが協働して,長期間に渡って,授業のデザインと実践という介入を行い,問題の解決を図る中で,人間の心理に関する知見を得ようとする方法とまとめることができる.
協働思考プログラムでは,一連の授業を通して,協働作業における話し合いのグラウンド・ルールを作ることが重要な特徴となっている.話し合いのグラウンド・ルールは,話し合いのためのエスノメソッドと言い換えることもできるだろう.具体的な,探求型の話し合いのためのグラウンド・ルールは以下の通りである.
- 全ての関係した情報が共有されている
- グループは合意を目指す
- グループは決定に責任を持つ
- 理由が求められる
- 異論・反論が受け入れられる
- 決定の前に,他の可能性が議論される
- 全員が他のメンバーから発言を働きかけられる
協働思考プログラムは,教師と共に開発された年間を通して実施される10数回のレッスンから構成される.レッスンは大きく2種類に分けられ,1つは児童・生徒が自らの話し合いの作法への気づきと,グラウンド・ルールを作り上げるためのレッスンであり,もう1つは児童・生徒たちが自ら作り上げたルールに従って,協働思考ができるようになるための展開レッスンである.教育的介入法では,新しい内容や形態の授業が試みられることになる.そのため,教師との打合せや,毎回の授業でのフィードバックが重要となる.
アクションリサーチ
アクションリサーチは,人の望ましくない行動が引き起こす社会問題を解決するために考案された心理学の研究法である.アクションリサーチは,現場を一時的に利用する野外実験でもなく,実験室で検証された理論を現場に応用するだけでもない.研究者,行政,NGOなどが,チェンジエージェントつまり働きかけの主体として,現場における個人や集団の行動を規定する要因の理解に基づいて,その場で利用可能なものを活用して,望ましい方向への行動変化を目指している.
事例介入研究
個別または少数の事例について,各事例の個別性を尊重しつつ,その個性を追求する方法が事例研究法である.オールポートの分類によれば,心理学研究法には,法則定立的な(nomothetic)研究と,個性記述的な(idiographic)研究の2つがあるとされていきた.実験心理学やその他の基礎心理学の各領域では,人間心理の一般性や法則性を明らかにすることがその目的である.そのため,研究は,一般に仮説演繹法による,仮説生成-検証過程を通して行われる.それに対して,個性記述的研究は,臨床心理学や心理臨床に学問的な基盤を与える基本的な研究スタイルであり,そのほとんどは事例研究法を用いて行われている.
事例研究法が心理学の研究法として意味を持つためには,個別事例を具体的に研究することだけではなく,そこから一般性や法則性を導き出すことが必要となる.多くの事例研究では質的な記述を行うので,このデータの収集と記述には,フィールド・ワークや,グラウンデッド・セオリー・アプローチなど,最近盛んになってきているいわゆる「質的研究」の方法論が有用となる.ただし,一般的なフィールド・ワークでは,研究者はその対象とするフィールドに参加し,参加観察を行う.それに対して,臨床心理学的研究では,研究者は心理臨床家として,対象者との関係性の中で,対象者に対して,積極的に働きかけることで,対象者の状況を改善しようとする点で異なる.
心理検査法
心理検査は,人間の行動をできる限り客観的に測定することを目的とした,個人差をアセスメントする方法である.検査そのものについての研究といえば,検査の作成や,その改訂の際に行われる標準化の手続きがあげられる.知能検査や質問紙法パーソナリティ検査のほとんどは,標準化を経て作成されており,その意味で,標準検査と呼ばれている.標準検査では,作成された客観的な基準によって,数量的な方法で個人間の比較が行われる.その結果は,精神年齢(MA)や知能指数(IQ),標準得点などの規準に従って換算された数値で表される.事例介入研究では,心理検査を用いたアセスメント所見と日常行動等から得られる対象者の心理・行動上の特徴とを照らし合わせ,対象者の特徴である可能性の高い情報を確認して,それらを元に介入を行うという形で心理検査が用いられている.
投影法の検査では,標準検査のように,明確に構造化された項目や課題ではなく,インク・ブロットのようなより構造度が低く,多義的な刺激や課題を与え,それに対して自由な反応を求める.対象者に固有な,それぞれの反応を分析することによって,心の深層や無意識のレベルまで含めて,パーソナリティを捉えられるというのが投影法検査のロジックである.
対象者の悩みや心理・行動上の問題,障害については,その主訴・問題点を中心として,心理アセスメントを行うが,その場合,重要なことが4つある.
- 心理検査を正しく実施することであり,これは正しい測定結果を得るための前提条件である.
- 検査結果の解釈においては,関連する心理学の専門知識や,その心理検査の立脚する理論についての理解が必要である.
- アセスメント結果に基づいて,対象への支援や介入を考えるとき,対象者自身の長所や健康な部分を活用することが重要である.
- 対象者への倫理的配慮を忘れてはならない.
生理心理学的研究法
心の働きを観察可能な脳神経の機能との関係で明らかにしようとするのが,生理心理学的研究法である.この研究法は,多様な心理学の領域の中でも最も強く自然科学的な研究法の影響を受けており,上位の機能を下位の要素によって説明しようとする還元主義的な傾向が強い.
脳損傷法は,脳の特定の領域を損傷したときに,特定の心的機能に障害が生じるか否かを調べ,もし障害が生じるならば「その領域がその機能に関係している」と結論づけることを可能にする研究法である.熱損傷法や神経毒損傷法では,これらの処置を受けた神経細胞は死んでしまうため,再度その領域が当該の行動と関係するか否かを確認しようと考えても実行することは不可能である.この問題を解決するのが,一時的に特定部位の活動を停止させる低温や薬物投与を用いる可逆的損傷法である.
神経活動の記録法は,行動中の神経活動あるいはそれに付随する生理的な活動の記録を元に脳と心の関係を明らかにする方法であり,ミクロの記録法とマクロの記録法がある.ミクロの記録法では,個々の神経細胞の活動を記録し,ある特定の行動との対応関係を見つけ出すことによって,特定の心理的機能に関わる個々の神経細胞を明らかにすることができる.マクロの記録法では,大きな電極をいくつも頭蓋に貼り付け,それぞれの電極の周囲の何万という神経細胞の電気的活動の総和を記録する.
脳の刺激法には電気的刺激法と化学的刺激法がある.電気的刺激法とは,脳のある領域に微弱な電流を流すことによって,実際に脳が活動しているときと同じように活動させる方法である.化学的刺激法は,薬物や化学物質を注入し,行動に与える効果を調べる方法である.
比較心理学的方法
比較心理学は動物の行動の発達,獲得,変容などを研究する心理学の領域を指し,ほぼ動物心理学と同義に使われてきた.研究の方法には,自然場面における動物の行動や生態を観察する自然的観察法や厳格に実験条件を統制した条件下での行動を測定する実験的観察法などがある.
心理学が厳密な実験科学を目指すにつれて,経験や刺激などの実験条件を厳密に統制することが必要となる.ネズミの過去経験は誕生の時から正確に把握することができるため,実験による訓練の効果だけを取り出すことができる.脳に作用すると考えられる化学物質の効果を調べるような場合,実際にその物質を投与してその効果を調べることが欠かせない.このような物質の効果は,まず,人と同じほ乳類に属するマウスやラットなどで調べられることが多い.また,脳のある特定の部位の機能を調べる基本的な方法である脳の損傷実験も,人では不可能であり,動物実験として実施されてきた.モーガンは,動物の行動の説明については,「低次の身体能力で説明できる場合,高次の心的能力で解釈してはならない」というモーガンの公準を提唱した.
平成18年に文部科学省が,研究機関において動物実験を行う場合の基本的な指針を定め,これに基づいて実験を実施することを求めた.前文の冒頭において「地球上の生物の生命活動を科学的に理解することは,人類の福祉,環境の保全と再生などの多くの課題の解決にとってきわめて重要であり,動物実験などはそのために必要な,やむを得ない手段であるが,動物愛護の観点から,適正に行わなければならない.」と述べている.この主旨を受けて,できる限り動物に苦痛を与えない方法を用いる,動物に変わり得るものがあればできる限りそれを用いる,目的達成が可能な範囲でできる限りの動物の数を少なくするという,動物実験に関する3つの理念に基づいて実験を実施することを求めている.
理論負荷データと理論探索データ
科学的なデータというからには,その収集には,強弱こそあれ,理論によるガイドがある.そのガイドが強い場合が,検証である.理論のガイドが弱いデータ収集研究は,ぼんやりとしている理論をデータを見て良さそうなものに絞り,理論をさらにより精選していき,時には新しい理論を発見するようなタイプの研究で採用されている.
定性的データと定量的データ
観察研究でよく使われるカテゴリー分けをして,それぞれのカテゴリーに属するものを数え上げるのは,カテゴリー分けが定性的,数え上げられたデータは定量的データとなる.定性的データは,名義尺度の水準での測定になる.定量的データは,数字で表示され,相対的な順位を付ける水準(序数尺度),間隔を問題にする水準(間隔尺度),絶対0点がある水準(比率尺度)の3水準で測定される.
なぜ心の研究に統計が必要なのか
定量的なデータには必ずちらばりがある.そのためによくやるのは,度数分布などのグラフ化である.さらに,そのちらばり具合を適当な数値指標で表現することができれば便利である.例えば,度数分布なら,代表的な値がどの辺りかを平均値や中央値によって示し,さらに代表値の周りにどれくらいデータが散らばっているかを散布度の指標である分散や標準偏差で示すことがよく行われる.
心理学では,データのちらばりを確率的なものと「みなす」.ある生徒の試験の成績が60点だったときに,それはたまたまそうであっただけであって,もしかすると50点だったかもしれないし,80点だったかもしれないと考える.別の言い方をすれば,1個のデータそのものには意味がなく,データ全体としての意味を考える.
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