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記憶の心理学(’08)

  • 投稿: 2011年06月13日 00:17
  • 更新: 2013年11月10日 11:10
  • 教育

今学期受講している4科目のうち3科目目となる記憶の心理学(’08)を全講義聴講し終わった.重苦しい内容だから後回しにしていたんだが,実に有意義な内容で,もっと早くやっておくべきだったと思った.ツイッターでもつぶやいたーが,第8回がすごかった.

第8回は後ほど個別にエントリを起こすかもしれないが,以下は講義全体の簡単なまとめ.読めばわかると思いますが,力を入れて書いてるところが第8回の内容です.

記憶とは

記憶といっても,経験の記憶,知識の記憶,技能の記憶,あるいは一生意識できない記憶など,いろいろの記憶がある.記憶の内容を考えると,概念的な記憶から,イメージや情景の記憶,色の記憶,味や匂いの記憶,触覚の記憶,音の記憶など,いろいろな記憶がある.

記憶力

記憶力,すなわち記憶する能力を支える主な要因として,3つが挙げられる.記憶する状況に適した,また自分のできる範囲で,方法を工夫することが,第1の記憶力を規定する要因である.第2の要因は,記憶する内容に関して,どの程度の知識や技能を持っているかということである.記憶力を支える第3の要因は,意欲である.このように記憶力を支える主な3つの要因を考えると,どれも本人の努力と気持ちの持ち方しだいで強化できるものである.したがって,記憶力の個人差は生得的にはそれほどないが,生後の学習や成長の過程の結果として,はっきりとした個人差となって現れてくるものといえよう.

2貯蔵庫モデル

アトキンソンとシフリンは記憶の機能として,短期貯蔵庫と長期貯蔵庫の2つを考えた.短期貯蔵庫では,入ってきた情報をリハーサルして注意を向けていないとすぐに失われてしまう.リハーサルとは,繰り返しその情報を意識することで,維持リハーサルと精緻化リハーサルの2つがある.維持リハーサルは単に情報を繰り返しているだけで,情報は短期貯蔵庫にそのまま維持される.精緻化リハーサルは,新しい情報を付加しながら繰り返され,その情報は長期貯蔵庫へ転送される.

ワーキングメモリ

1974年にバドリーらによってワーキングメモリという概念が提唱された.2貯蔵庫モデルの短期記憶は主に貯蔵の機能だけを重視しているが,ワーキングメモリでは,貯蔵と処理の2つの機能を考えている.

記憶のプロセス

記憶とは,インプットからアウトプットまでの全プロセスをいう.記憶のプロセスは,符号化,貯蔵,検索の3つの段階に分けられる.刺激を受容し,頭の中に貯えるまでの段階を符号化,貯えた情報が思い出されるまでの保存しておく段階を貯蔵,そして思い出す段階を検索という.この3段階は,記銘,保持,想起ともいう.

符号化の段階

符号化には色々な変換方法がある.ヒトヨヒトヨニヒトミゴロやフジサンロクオオムナクなどの語呂合わせは有意味化という.他に,イメージ化,精緻化,体制化,感情化などがある.音韻的処理を浅い処理,意味的処理を深い処理といい,浅い処理より深い処理をした方が保持がよいというのが,処理水順説である.事故参照効果とは,記銘対象を事故と関係させると保持が良いという効果である.

貯蔵の段階

記憶は時間とともに,普通は忘却されていく.忘却の反対は保持であるが,古典的な実験で,有名なエビングハウスの保持曲線がある.忘却は時間によって一様ではなく,最初の30分か1時間で半分以上忘れてしまい,その時に残っているものは徐々に忘却され,比較的長く保持されるといわれている.また,ある元になる記憶があるとすると,その後の異なる情報により,記憶が塗り替えられてしまうという,事後情報効果がある.

検索の段階

検索段階での認知的メカニズムの基本は,検索手がかりがあることと,それにその手がかり情報と貯蔵内容との相互作用があることの2店である.想起できなければ,現象的には「忘れた」ということになり,忘却となる.手がかりが不適切なために想起できない忘却を「手がかり依存忘却」という.意識的に忘却をすることで,自分に「忘れろ」と指示することを「指示忘却」という.

符号化特定性

符号化特定性の原理はダルヴィングらが提唱したもので,「符号か操作によって貯蔵内容が決定され,その貯蔵内容によって検索手がかりの有効性が決定され,その有効検索手がかりにより初めて貯蔵内容へのアクセスが可能となる」というものである.

転移適切処理の原理

符号化特定性の原理と結果的には類似しているが,説明の仕方が異なる原理として,転移適切処理の原理がある.この原理では「学習時に行う認知処理と,課題遂行時に行う認知処理が,類似していれば類似しているほど,記憶成績は上がる」という.教育心理学で「テスト期待効果」という法則がある.テスト期待効果とは,テストのための試験勉強をするとき,テスト形式が,例えば穴埋め形式か論文形式かわかっていれば,そういう期待に合わせた試験勉強の仕方をすると,テスト成績が上がるということである.

再生と再認

再生記憶実験では,実験参加者に何らかのエピソードの体験が求められ,その後,そのエピソード提示された内容や,遭遇したことがらを想起することが求められる.再生課題の成績の指標としては,再生数と再生率が一般に用いられる.再生数は,実験参加者が思い出すことができた個数の数であり,再生率は,記銘した項目数のうちの再生された項目数の割合を意味する.

再生課題と同様,記銘項目の学習の後,テストリストが与えられ,個々の項目について,学習した項目か否かの判断が要求される課題が再認課題である.テストリストのうち学習した項目はターゲット,学習していない項目はディストラクターと呼ばれる.基本的にはターゲットとディストラクターに分けて集計され,前者をヒット率,後者を虚再認率として,再認成績の基本的な指標として用いる.

意味記憶

ダルヴィングによる意味記憶は誰でも知っている知識に対応する記憶である.コリンズとロフタスは,意味記憶のネットワークは意味的類似性もしくは意味的関連性によって体制化されていると仮定した.ある概念が処理されると,その概念から活性化がリンクのつながった概念ノードへと波及していくという仮定がある.これが活性化拡散という考えである.

エピソード記憶

ダルヴィングによるエピソード記憶は個人的な過去の出来事に関する記憶である.エピソード記憶が時間や空間と結びついていることを典型的に示す原理が,符号化特定性原理である.ダルヴィングとトムソンの行った実験において注目されたのは,再生が可能であるにもかかわらず,再認ができないという現象である.この再認失敗を報告している研究で用いられる手続きは,以下の3つの段階からなっている.第1段階では,被験者はターゲットと手がかり語がともに呈示され,ターゲットを覚えるように求められる.第2段階では,第1段階で提示されたターゲットのみが呈示され,それが「あった」か「なかった」かの再認を求められる.第3段階では,第1段階で呈示された手がかり語が呈示され,その手がかりとともに呈示されていたターゲットを再生するように求められる.

潜在記憶と顕在記憶

潜在記憶とは,想起意識,すなわち「思い出している」,あるいは「思い出した」という意識のない記憶である.顕在記憶とは,想起意識のある記憶のことをいう.普段,私たちが何気なくしている行動も,実は,成長の過程で経験により学習し,記憶していることが,その行動のベースにあるのである.このような記憶を潜在記憶という.要するに,記憶という意識なしに,あるいは思い出すという意識なしに行動や反応をする場合は,ほぼ潜在記憶があると考えられる.

直接プライミングの特徴

統制条件より実験条件の方が良い場合,プライミング効果があるという.直接プライミングには以下の特徴がある.

  1. 想起意識がない.
  2. エピソード記憶とは独立である.
  3. 効果は超長期にわたって保持される.
  4. 意味的処理よりも知覚的処理が重要である.
  5. 年齢による差は,ほとんどない.

複数記憶システム

複数記憶システムはダルヴィングが提唱したもので,エピソード記憶,意味記憶,知覚表象システム,手続き記憶の4つで構成される.エピソード記憶は,時空間的に定位される記憶である.意味記憶は,百科事典や教科書に書いてあることである.知覚表象システムは,意味的処理の前段階である感覚・知覚的で無意識的処理の段階の記憶システムである.手続き記憶は,運動的,動作的なものから認知的なものまで,一定の処理様式が記憶されたものを指す.

記憶の多層性・多重性

非言語的な記憶に関する記憶現象としては画像優越性効果が有名である.これは線画などの絵の記憶が同じ項目を単語で呈示した場合よりも記憶成績がよいことを示すものであり,絵であれば数百枚が呈示されても再認できるという報告もある.

空書

日本語を利用する日本人に顕著に見られる興味深い現象として「空書」がある.多くの日本人は漢字を思い浮かべるときに,空中あるいは膝の上で漢字を書くような動作を行う.これを空書と呼ぶ.日本人が英語のスペルを考える場合にも,空書行動がしばしば観察される.欧米言語を母語とする人にはこうした空書は全く見られず,中国語を母語とする人には,漢字に関する問題では見られるが,欧米語に関する問題では発生数割合が低いという文化差が観察されている.

この現象は言語記憶を検索する際に,「書く動作」という非言語的な身体運動の記憶が想起を促進しているように見受けられる.このことから,人が意図的に憶えようとするときに,記憶方略として非言語的記憶と言語的な記憶の関係性をつけている可能性が考えられよう.

言語隠蔽効果

近年,言語隠蔽効果という現象が明らかにされ,言語的記憶が用いられることによって非言語的記憶が妨害される可能性も示されている.目撃者証言研究で,学習段階の後で,どんな人だったかを言語的に記述する行動を行うと,その後のテスト段階での再認記憶成績が低下するという.

一夜漬けの学力と実力の違い

一夜漬けの勉強で身につく力と,実力とでは何が違うのであろうか.その違いは,まさに記憶研究でいうところの顕在記憶と潜在記憶の違いに他ならない.一夜漬けの勉強をして試験に挑んだとき,前の晩に見た覚えのある問題に気づくことがある.それはまさに,顕在記憶の定義でいうところの「想起意識」が生じたことに他ならず,そこで答えを思い出して解答すれば,顕在記憶の影響がそのテストの成績が現れてくる.一方,実力テストでは,いつ勉強したのか思い出せないような問題に解答できた場合,その影響は潜在記憶に裏打ちされているといえる.

期末試験などで測定されている学力は,一夜漬け的な学習の効果である顕在記憶の影響をたぶんに反映していることは間違いない.教育において重視すべき基本的な知識や技能の取得は,顕在記憶の影響を排除してなお残る,潜在記憶の水準評価されるべきものである.(ここから私見)であるからして,教育効果をすぐに推し測ることは実に難しい.

実力を正確に測定することの難しさ

学期末試験で学習者の到達度を測定せざるを得ない理由は,実力を正確に測定することが技術的に困難であることに他ならない.一夜漬け学習の効果を排除する最もシンプルな方法は,学習からテストまでの期間を十分に長くすることである.しかし,それを実現するためには,各学習者がどの授業をいつ受講し,それからどのくらいの期間をあけてテストを行うかを年単位で規定しなければならない.さらに,授業事態は長い期間を通じてなされるため,最初と最後の学習ではテストまでの期間が実質何ヶ月も違ってくる.つまり,単純に期間を長くしても正確に実力を測定することは難しい.(ここから私見)であるからして,教育の真の効果は数十年後になって明らかになるのであって,短期的な成果に踊らされてはいけないのである.教育はそのような背景を踏まえた上で,しっかりした根拠と確証の下に,信念を持って取り組まなくてはならない.

期末試験に効果的な学習法と実力試験に効果的な学習方法

実力の測定にこだわる理由は,潜在記憶の研究にある.指導法や学習法の効果が,顕在記憶と潜在記憶で極端に変わってくる事実にある.言い換えれば,期末試験の成績を高める指導法や学習方法が,必ずしも実力試験の成績を高めるとは限らないのである.例えば,英単語テストを与えられ,再生テストのような顕在記憶テストを受ける場合は,覚えようとして学習した場合の方が,覚えることを求められない学習よりも当然成績は良くなる.しかし,同様の学習後,単語完成課題のような潜在記憶テストをした場合は,この記銘意図の効果は明確に表れない.つまり,覚えようと思っても思わなくても,テストの成績に大きな違いは現れないのである.現在の潜在記憶研究の知見からすれば,期末試験に効果がある学習方法が,実力試験に同様の効果を持つということはできない.そもそも,実力を正確に測定する方法がなかったこれまでの状況からすれば,実力試験に有効な指導法や学習法を,化学的な根拠に基づき提案することは,現時点において原理的に不可能であることを認識する必要がある.(ここから私見)であるからして,教員の教育業績を測るなんていうことは到底無理なのである.学生が良い成績を取ったとか,どこどこ大学に入ったとか,そういうのは真に教育の効果といえるのであろうか.業績指標になるのであろうか.

マイクロステップ計測技術

実力が潜在記憶に裏打ちされるものであり,かつ潜在記憶においてはごくわずかな学習の効果が長期に保持されるとすれば,当然,実力もわずかな学習によって少しずつ長期にわたって変化し続けているはずである.わずかな学習の効果が,自覚できないレベルであっても確実に積み重なっていくことが客観的なデータとして示されれば,学習に対する意欲は高まるはずである.寺澤らは,実力を正確に測定するための様々な問題を解決するため,新たなスケジューリング技術とデータベース技術を駆使したマイクロステップ計測技術という測定法を確立し,学習者1人ひとりの実力の変化をきわめて高い精度で書き出し,さらにその結果を個別にフィードバックすることに成功した.

自己参照効果

自己参照効果とは,記銘の際に自分に関連付けるとよく覚えている,という現象である.カイパーとロジャースは親切な,正直な,など48語の性格特性語,つまり人の性格を表す形容語を実験参加者に示した.1つ目の質問は単語が長いと感じられるかどうかで,外形条件と呼ぶ.2番目の意味条件の質問は,単語が別のある単語と同義語かどうか,というものである.3番目の質問は,単語が実験者に当てはまると思うかどうか,最後の質問は,単語が自分に当てはまるかどうかで,これらが他者関連付け条件と,自己関連付け条件となる.再生成績は外形条件,意味条件,他者関連付け条件,自己関連付け条件と順に高くなっている.彼らは,他の実験の結果と総合して,意味条件より他者関連付け条件の方が,さらにこれらの条件よりも自己関連付け条件の方が記憶成績がよいと結論づけている.

呈示された単語が自分にとって当てはまるかどうかを判断する場合には,この豊富な知識,記憶が使われ,この自己に関する知識構造に関連付けられる,すなわち精緻化がなされる.記憶は既存の知識構造と密接に関連付けられ,豊富な精緻化がなされたときに忘れられにくく,思い出すことが容易であることが知られている.

自伝的記憶

自伝的記憶とは,自己にかかわる出来事,経験に関する記憶のことをいう.自伝的記憶は「自己と密接に関係している」という特殊性を持っている.自伝的記憶とは自己に深く関連したエピソード記憶といえるが,自己に関する記憶にはこのようなものと少し異なったものもある.例えば,「私の出身地は東京である」という情報は自己に関する記憶ではあるが,エピソード記憶ではなく,「日本の首都は東京である」という情報と同様に意味記憶といってよい.言葉や絵などで表せるような記憶,つまり宣言的記憶あるいは陳述記憶と呼ばれる記憶は大きくエピソード記憶と意味記憶に分かれ,エピソード記憶のうち,自己と深く関わるものが狭義の自伝的記憶であり,意味記憶のうち自己に関わるものが,自己スキーマなどと呼ばれている.

自伝的記憶の忘却は直線的に進み,6年間で約30%の出来事が忘却されている.エビングハウスが明らかにした,はじめは急速に忘却が進み,徐々に忘却の程度は少なくなる,という忘却曲線とは明らかに形が異なっている.最近の出来事をよく覚えてるいるのは当然であるが,10代後半から30歳前あたりの出来事も多く想起される.この時期の出来事がよく記憶されているのは,この時期が自己同一性,アイデンティティが確立される時期で,自己に注意が向けられ,自分の経験を構造化するような活動が盛んに行われるためと考えられている.3,4歳より前の記憶はことさら少なく,ほとんど思い出せない,といってよい程度になる.この現象を幼児期健忘と呼ぶ.自己認知が成立していない,つまり自己と他者の区別がまだ十分にできていないため,などと説明されている.

自伝的記憶とそれ以外のエピソード記憶に共通に見られる記憶現象に偽記憶と呼ばれるものがある.偽記憶は実際には経験しなかった出来事を経験したものとして想起する現象をいう.食品に他する思考や態度が偽記憶によって導かれることから,少なくとも部分的には自伝的記憶によってつくられている可能性を示すものといえよう.

記憶喪失

記憶の障害の中に,全生活史健忘(いわゆる記憶喪失)と呼ばれるものがある.記憶の中で自伝的記憶のみが選択的に損なわれるものであり,通常,言葉の意味や世の中のことについての記憶はほぼ損なわれず,新しいことを記憶することにも問題はない.時間の経過によりある程度記憶が戻ってくる場合が多いが,記憶があまり戻らず,家族に聞くなどして過去の自分について改めて記憶しなおした状況では,過去の自分が他人のように思えてしまう,と訴える場合もあるという.

展望的記憶

展望的記憶とは,将来実行しようと意図した行為についての記憶である.ただし,通常,展望的記憶と呼ぶのは意図した時点から行為を行うまでにある程度の時間が経過し,その間行為のことがいったん意識から離れる場合に限られる.想起までの時間経過,記憶対象に対する意識という点では,展望的記憶は過去の出来事の記憶である回想的記憶と変わらない.例外はあるが,階層的記憶の想起の際には関連した話題,質問などの想起手がかりが存在する.一方,展望的記憶ははっきりとした想起手がかりのない状況でタイミング良く想起される必要があり,実際,多くの場合タイミング良く想起されている.

展望的記憶課題の中には加齢の影響を受けない要素も含まれている可能性はあるが,加齢により衰える部分があることが明らかにされた.高齢者の方が,カレンダーに印をつける,手帳に書いておく,といった外的な記憶補助を適切に用いることが原因の1つと考えられている.高齢者が記憶補助を有効に使っているということは,展望的記憶が社会的な経験を積むことによって身につけられる社会的な技能という側面を持っていることを示すものといえるだろう.

記憶の更新

最新の記憶を利用する方法としては,以下の4つの可能性が考えられよう.

  1. 古い記憶を新しい記憶で置き換えてしまう
  2. 古い記憶も新しい記憶も想起し,時間に関するソース判断により最新の記憶を特定する
  3. 最新の記憶は強く鮮明に残っているため最初に想起され,必要な情報が想起されると想起の活動は中断される
  4. 古い記憶は想起されにくくなるように抑制されており,その結果新しい記憶だけが想起される

ビョークらは単語リストの記憶の実験で,「忘れる」ように指示された単語は後に想起されにくくなることを示し,指示忘却と呼んだが,これは4の方式で記憶の更新がなされていることを示唆するものといえよう.

事後情報効果

事後情報効果とは誤情報効果とも呼ばれ,何らかの出来事を経験した後に,その出来事に関する誤った情報が与えられると,記憶が変容し誤った想起がなされる,というものである.ラトナーは,いったん有罪判決が出された後に,被告人の無罪が明らかになった事例を集め,誤った有罪判決の原因の分析を行った.その結果,目撃者の誤った識別が原因である事例が最も多く,全体の半数近くを占めていた.実際の目撃者は事件を目撃した後で,マスコミ報道,他の目撃者との会話,捜査官とのやりとりなどで,事後情報に接すると考えられる.目撃者の尋問を行う際には事後情報を与えないように細心の注意を払うこと,事後情報効果により記憶が歪んでいる可能性があることをしっかり認識することが必要であろう.

人物同定手続き

人物同定手続きとは,目撃者が目撃した人物がどの人物であったかを判断してもらう手続きである.容疑者を含む6~7名の人物を目撃者が別室から見て,目撃した人物がその中にいるか,いるとしたらどの人物であるかを答えるラインナップが典型的である.対して,ショーアップ,単独面通しと呼ばれる手続きでは,容疑者1人だけを目撃者に見てもらい,目撃した人物かどうかの判断を求める.人物同定手続きとしては,多くの実証的研究からラインナップが適切であると考える心理学者が多い.単独面通しは,現実の事件では容疑者が犯人であると暗示する効果があると考えられ,用いるべきではないと主張されている.

感情

感情は判断を鈍らせるなど,私たちの認知のはたらきと様々な関係を持つと考えられる.「感情」という言葉を定義することはなかなか困難で,実際に心理学事典や心理学の概論書,専門書などを調べてみても,感情の定義は極めて難しいことが協調されるのみで,なかなか明確な定義には行き当たらない.この理由について谷口は「感情という1つのものが存在するのではなく,生体の総体的反応の1つの「相」であるからだ」と述べている.つまり,複雑に絡み合った私たちの反応から,喜怒哀楽などの言葉で表される主観的経験に関連した部分を「切り取った」ものが感情と呼ばれている,ということである.

気分状態依存効果

気分状態依存効果,あるいは気分依存記憶とは,符号化時と想起時の感情状態が一致しているかどうかで記憶成績が異なるという現象である.符号化や想起をするときの部屋の様子といった周りの状況などの文脈が,符号化時と想起時で一致している場合には一致していない場合に比べ,記憶成績がよい.これは,記憶材料を符号化した際の文脈が記憶材料とともに符号化されており,想起時には符号化時の文脈が想起手がかりとして働くためと考えられている.

気分一致効果

気分一致効果は,ポジティブな気分の時にはポジティブな内容の記憶が,ネガティブなときにはネガティブな内容の記憶が優れているという現象である.

人物の記憶

人物の記憶には,顔,名前,性格特性,行動等多様な要素が含まれている.顔や名前の記憶は認知心理学,性格特性や行動の記憶は主に社会心理学の領域で検討されている.顔の覚えやすさに関しては,これまでに次のような効果があることがわかっている.

  1. 示差性効果
  2. 既知性効果
  3. 他人種効果
  4. 処理水準効果

集団としての既知性効果は,人種に限定されるものではない.例えば,年配者は年配者の顔,女性は女性の顔の記憶が優れているというように,自分が所属する集団の顔は概して覚えやすい傾向にあり,顔の記憶が日常の知覚経験の多寡に依存するものであることを示している.

名前を想起する際,喉まで出かかっているのに思い出せないという状態がしばしば経験される.こうした状態はTOT(Tip-Ot-the-Tongue,舌端現象)と呼ばれるが,不思議なことに,名前の想起に関してTOTの状態にある場合でも,名前以外の情報は次々と想起されることが多い.名前の想起が困難な理由としては,以下のことが挙げられる.

  1. 恣意性
  2. 想起頻度の低さ
  3. イメージ化の困難さ

顔認識モデル

顔や名前の記憶を説明する代表的なモデルに,ブルースとヤングの顔認識モデルがある.これは,既知の人物の顔を見て,その人物を同定するまでの認知過程を経時的に示したモデルであるが,顔と名前の記憶を説明するモデルとしても有用である.顔の知覚からその人物の同定に至までの段階が次のように仮定されている.

  1. 構造の符号化
  2. 顔認識ユニット
  3. 人物同定ノード
  4. 名前の生成

このモデルは,次のようなエラーもうまく説明している.

街ですれ違った人の顔を見て知っている人だと気がついたが,どこであった人で,どんな職業の人なのか,また自分とはどんな関係にあるのかなど,その人に関する情報が一切思い出せない.

この場合,入力された顔情報と顔認識ユニットとの照合により知人であることは判断できているが,人物同定ノードへのアクセスに失敗している.

名前が想起できずTOTを経験しているのに,その人の趣味や職業などは次々と思い出せる.

この場合,人物同定ノードにアクセスするところまでは成功しており,そのためにその人に関する意味情報は想起できているが,名前にアクセスする段階で失敗している.

記憶の発生

記憶力には,記憶容量,記憶方略,メタ記憶といった記憶の側面が総合的に影響している.再認記憶の芽生えは,生後3ヶ月頃に生じる.人間は1度見た図形に関しては,以前見たので興味を示さず,それを注視する時間が少なくなる.これを慣れもしくは,馴化と呼ぶ.3ヶ月の乳児は約1週間は関係を憶えているが,2ヶ月児は2~3日間しかその関係を保持できていなかった.

記憶の発達的変化

記憶容量は年齢とともに増加していく.4~5歳で5桁,12歳で6桁,大人では平均して7桁が再生できる数字の桁数である.このような記憶容量をメモリスパンと呼ぶ.小学2年生では,意味的類似語に対する意味的虚再認と音韻的類似語に対する音韻的虚再認に差はなかったが,6年生では前者が後者よりも多くなった.被験者が記銘語の持つ意味を符号化しているならば,意味が類似しているために意味的虚再認が生じやすく,発音を符号化しているならば,発音が類似していることによって音韻的虚再認が生じやすいと考えられる.このように,年齢とともに記憶される情報の質が表層的な側面から意味的側面へと変化してくるという仮説を符号化以降仮説と呼ぶ.

検索手がかりの発達的変化

ある情報に,他の関連ある情報が付け加わった形で符号化すれば,その関連ある情報を検索時に手がかりとして利用できる.憶えようとする情報に他の情報を付け加えることを精緻化と呼んでいるが,情報を精緻化して憶えれば,検索の効率がよくなる.

精緻化方略の発達

ある文字とある読みもしくは意味を結びつけるような記憶を対連合学習と呼ぶ.この対連合学習に有効であるのが,精緻化方略である.バーリングとキイは,対連合学習をする際に使用する方略を精緻化方略,リハーサル方略及び連想方略という3つに分類した.精緻化方略は”CATTLE-BAY”の対の場合には,”the CATTLE swam in the BAY”という文をつくる場合をさす.リハーサル方略は,呈示された対を反復するもので,”the CATTLE and the BAY”というように何度も繰り返し,唱える場合である.連想方略は,対にされた単語同士の関係がはっきりしていないが,何らかの関係を述べている場合にあたり,”the CATTLE by the BAY”というような文をつくる場合である.

メタ記憶

メタ記憶とは,記憶に関する知識や制御をさす言葉である.メタ記憶の第1の側面は,記憶を意識するという側面である.第2の側面は憶える内容に適した記憶方略を選べることである.第3の側面は,自分の記憶がどの程度確かであるかを認識できることである.デマリエとフェロンは,記憶成績は,記憶容量,記憶方略及びメタ記憶によって決定されるというモデルを提案している.

高齢化と記憶

高齢化に関連し,記憶機能低下をもたらす病気として代表的なものが認知症である.これは脳神経系に原因を持つ脳の認知的機能低下全体をさす病名であるが,記憶障害が顕著である.直接的な原因は不明であるが脳萎縮による進行性の認知症を起こすものがアルツハイマー症候群と呼ばれる.アルツハイマー症候群は年齢が高くなるにつれて発症率は急速に高まり,超高齢者つまり85歳以上では25%弱が発症すると報告されている.日常生活で言及される「記憶力の衰え」を最も反映しているのが顕在記憶,いわゆるエピソード記憶である.実際には,主観的な「記憶力が悪くなった」という体験とは独立に,日々の活動の中でエピソード記憶が果たしている役割は通常考えられているよりは小さい.環境に大きな変化がなく,毎日同じことを繰り返す生活であるならば,エピソード記憶の機能が低下しても人は無事に生きていくことが可能である.逆にいえば,記憶機能低下の影響が少ない環境をつくっていくことは可能である.しかし,現代社会では逆に,よりエピソード記憶への負荷が高くなる社会環境がつくられてきている.

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